第1話

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「顔でサッカーするわけじゃ、ないけえ」 「涼くんは顔だけじゃないじゃろ」  相変わらず冷静な突っ込みに、言葉もない。 涼はA代表選手でもあるのだ。  前に帰ったときは涼と一緒だった。 あいつとはチームは違ったけど、ユースの代表のころから遠征でよく同部屋になっていた。  俺の「相方」と言えば涼で、俺ひとりで行動しているとみんなが「涼はどこだ」なんて、聞いてくる。 所属チームが違うってのに。 いまはさすがにドイツと日本じゃ、メールと電話、あとはスカイプがせいぜいだ。 それでも「涼、どうしてる」と聞かれるのは、なんでなんだ。  こっちに一緒に帰ったときは、涼がドイツに移籍する前で、けっこうスポーツニュースで話題にもなっていたから、 同級生やらその家族なんかがぞろぞろ俺の家に見にきていた。 悔しいながらも誇らしくて、「踊り子さんには触れるなよー」などと言いながら、涼を独り占めしている気分だったのだ。  いまや、あちらはスター様で俺は二部落ちしたチームで、さらに怪我までしたごくつぶし…… と自分で思って、また、落ち込んだ。 「母ちゃんは正しいな」 「なにが」 「いつまでもサッカー選手できるのかってさ」 「あんたいくつよ」 「二十、いくつだっけ」というと、頭をお玉でたたかれた。 腹が立つことに、母ちゃんはたたいたお玉をすぐに、「よごれた」と洗いにいった。 夕食の仕込みの出汁の香りが、漂っている。 「馬鹿じゃね。そりゃ、三十超えた選手が言うことじゃろ」  母ちゃんはいつも正しい。 けど、ことにスポーツ選手ってのは、怪我で傷みやすいし、「どこまでいけるか」ってのは、 二十代のはじめでも頭の隅にあるものだ、と先輩たちを見て思う。 あの中田英寿だって二十代で引退したのだ。  俺自身はまだ、それ以前の問題。同列で語っちゃいけない。 でも、だからこそ焦る。 一か月、いや一日たりとも、無駄に過したらだめなんだ。 「疲労骨折」はよくあることだ。 スポーツ選手によくあることと頭でわかることと、自分に起ることと、全然、違う。  ニュースはさらりと涼のほかにも外国組のA代表選手の帰国を報じて、五日後にある親善試合について触れた。  波の音を聞いていると、テレビのなかの出来事は、遠い夢の国に思える。 涼から言わせるとこっちが「夢の国」らしいけど。 「こんなとこで育つと、でかくなるわけだよ」と、初めて涼がこっちにきたとき、言った。
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