3人が本棚に入れています
本棚に追加
「顔でサッカーするわけじゃ、ないけえ」
「涼くんは顔だけじゃないじゃろ」
相変わらず冷静な突っ込みに、言葉もない。
涼はA代表選手でもあるのだ。
前に帰ったときは涼と一緒だった。
あいつとはチームは違ったけど、ユースの代表のころから遠征でよく同部屋になっていた。
俺の「相方」と言えば涼で、俺ひとりで行動しているとみんなが「涼はどこだ」なんて、聞いてくる。
所属チームが違うってのに。
いまはさすがにドイツと日本じゃ、メールと電話、あとはスカイプがせいぜいだ。
それでも「涼、どうしてる」と聞かれるのは、なんでなんだ。
こっちに一緒に帰ったときは、涼がドイツに移籍する前で、けっこうスポーツニュースで話題にもなっていたから、
同級生やらその家族なんかがぞろぞろ俺の家に見にきていた。
悔しいながらも誇らしくて、「踊り子さんには触れるなよー」などと言いながら、涼を独り占めしている気分だったのだ。
いまや、あちらはスター様で俺は二部落ちしたチームで、さらに怪我までしたごくつぶし……
と自分で思って、また、落ち込んだ。
「母ちゃんは正しいな」
「なにが」
「いつまでもサッカー選手できるのかってさ」
「あんたいくつよ」
「二十、いくつだっけ」というと、頭をお玉でたたかれた。
腹が立つことに、母ちゃんはたたいたお玉をすぐに、「よごれた」と洗いにいった。
夕食の仕込みの出汁の香りが、漂っている。
「馬鹿じゃね。そりゃ、三十超えた選手が言うことじゃろ」
母ちゃんはいつも正しい。
けど、ことにスポーツ選手ってのは、怪我で傷みやすいし、「どこまでいけるか」ってのは、
二十代のはじめでも頭の隅にあるものだ、と先輩たちを見て思う。
あの中田英寿だって二十代で引退したのだ。
俺自身はまだ、それ以前の問題。同列で語っちゃいけない。
でも、だからこそ焦る。
一か月、いや一日たりとも、無駄に過したらだめなんだ。
「疲労骨折」はよくあることだ。
スポーツ選手によくあることと頭でわかることと、自分に起ることと、全然、違う。
ニュースはさらりと涼のほかにも外国組のA代表選手の帰国を報じて、五日後にある親善試合について触れた。
波の音を聞いていると、テレビのなかの出来事は、遠い夢の国に思える。
涼から言わせるとこっちが「夢の国」らしいけど。
「こんなとこで育つと、でかくなるわけだよ」と、初めて涼がこっちにきたとき、言った。
最初のコメントを投稿しよう!