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対岸にかあちゃんの弟夫婦が住んでいて、そこの二階にふたりして三年間、お邪魔させてもらっていた。
どかっと隣に座る松崎は、シャツにネクタイという姿だ。
ネクタイは肩にひょいとかけてある。
「おっさんくさいな」と言うと、「え、まじで。加齢臭?」と、本気で脇を嗅ぎ始めた。
「ちゃうちゃう」と、肩にかけたネクタイを指差した。
「あーこれね。いや、うっとおしいんじゃって。
ヒトは背広を着ると、自動的におっさんになる生き物じゃろ」
「もともと老け顔やしな」
「うっせ」
正直、釣り糸を垂れているときは、誰とも話したくないんだけど、松崎は別だ。
「なに、営業まわりかなんか? てか、あれお前、就職どうしたっけ」
「おいこら。ちっとは人のことも興味を持て」
そう言われて、自分でも驚いた。
メールでときどき連絡はするけど、そのやりとりで「就職活動」って文字を見た気もするけど、
こいつがなにやっているか、本当に知らなかったんだ。
「まじで覚えてないん?」と松崎は言って、大笑いしたけど、俺はますます、落ち込んだ。
「いや、お前も大変そうな時期じゃったし。
試合に出れねえって、ぼやきメールつづってたころじゃし」
「……つづってたか、俺」
「超長文」
「ああー」と頭を抱えて、思い出す。
普通に練習に出て、アピールしたつもりになって
「よし、こい」と思っても、
ベンチに入れなかった日々は忘れない。
たしかに松崎からのメールを来たとばかりに、
自分のことばかりの俺俺メールだった気がする。
「悪かった。……いまさらだけど、なにやってんの」
「悪気ねえからな、お前」と、松崎はあきれるが怒らない。
「魚加工品工場の、営業」
「就職おめでとう」
「遅っ」
そういや松崎は対岸の町の大学に行って、一年で戻ったとか、
親父さんが倒れたとか、なんかいっぱい聞いた気がする。
それを俺、全部、適当に流したのか。
いや、母ちゃんから伝えきいたのか。
どんだけ、人のこと興味ないんだよ、とますます、肩を落とす。
「なに、暗くなってんの」
「いや……。俺、ほんっと勝手だなってさ」
「そんなん、いまさら」と言って、松崎は急に笑い出す。
「ほら、お前が中学んとき、俺を町のサッカー部に行こうって誘ったのってさ。
もうあれ、お誘いじゃなくて、決定事項じゃったもんな」
「え。お前も、行きたいって言ったじゃん」
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