触れられて、忘れられて

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「紗衣…!」 怒りを含んだ崎田さんの声。 それでも戸川君はやめなかった。 ゆっくりと、角度を変えて何度も繰り返されるキスに、これがただの当て付けだということを忘れそうになる。 いつのまにか彼の背中に回っていた私の手は、ぎゅっと彼のシャツを握っていた。 「何やってんだよ……紗衣…!」 こちらに近づく足音と声。 ようやく戸川君が顔を上げた。 「……誰だよ、あんた」 戸川君の冷たい声に、腕の中の私も息を飲む。 ……でも。 誰だよ、って? 同僚なのに、二人ともどうして? まだ唇に余韻を感じながら、彼と崎田さんの顔を交互に見る。 「いつからだよ?この男誰だよ?いつから…」 私の腕を掴もうとする崎田さんから、戸川君が庇うように私を遠ざけた。 怒る崎田さんを見るのは初めてだなと、戸川君の背中に寄り添いながらぼんやりと思う。 今となっては白々しくすら思えるけれど。 戸川君が呆れたように言った。 「今日は新しい女はどうした?」 「は?」 「社内にいるんだろ?」 「…え?それは……」 「ちゃんとここにくるお伺い立てて来たか?ヨリ戻しますってな」 口ごもる崎田さんに、心の中で乾いた笑いが洩れた。
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