触れられて、忘れられて

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時間にしてどのぐらいだろう。 気持ちも落ち着いて、この状況をどうするのか考え始めた頃。 戸川君の指が、感触を確かめるように、私の髪を柔らかく撫でた。 「……」 途端にぐっと濃密に感じられるその行為に、心拍数が跳ね上がる。 エンジン音だけが響く静かな車内。 優しく、まるで愛でているかのようにさえ感じられる、彼の指の緩やかな動きに、息をするのも忘れた……のに。 「……絶壁気味?」 「……」 頭を振って手を払い除ける。 雰囲気にのまれかけた自分が腹立たしい。 「女でよかったな?男だったら結構目立っ…」「放っといて」 腹立ち紛れと弱さを見せた照れ隠しに、彼に撫でられて乱れた髪の毛を乱暴に整える。 頬杖をついたまま小さく笑った彼の横顔は、さっきより少しだけ優しく見えた。 その時、和みかけた空気を突然、耳障りな振動音が揺らした。 「……携帯、鳴ってんぞ」 「あ……ごめん」 慌てて携帯を取り出した私は、画面を見て固まった。 マナーモードのまま忘れていた携帯には、最も見たくない名前が表示されていた。 “崎田智之” 心臓がヒクッと止まる。 なんで? 一週間も放置して、今さら謝罪?言い訳? それとも、改めて別れの言葉? 要らない。そんなもの。 狭い車内に、不気味な振動音だけが突き刺さる。
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