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「ヤメだヤメだ! 俺はマジで帰るからな!」
ふてくされてヒューガに背を向けるレオ。
足を進め始め、後ろ手をひらつかせる。
「えっ、帰ってしまうんですか?」
「ああ帰る。一晩お前と過ごすのはもちろん、帰りに送迎してもらうのもゴメンだ」
「私のようなか弱い女性の切なる願いを蹴り飛ばすんですか?」
「なっ…なにがか弱い女だ! むしろ物理的に蹴り飛ばしてぇよ!」
レオがそう吐き捨てながら振り返る。
さすがにこの女にもダメージを与えられる言葉を言えたと思えたからだ。
だが、ヒューガの様子に変化はない。
口調も表情も仕草もなにもかも。
「上手いこと言いますね」
「うるさい」
「本当に帰るんですね?」
「ああ。お前なんかと話しても1ユーロも得しねぇ。たまんのはストレスだけだ」
「私が100ユーロ出せたとしても?」
「うっ……」
……クソだ。
クソクソクソクソッ!
この女、今度は金で釣って来やがった。
まるでレオが金の亡者であることをはなから知っていたかのようなタイミングで。
送迎だけで100ユーロ……おいしすぎる。
やろうと思えば一か月間生活できる。
美女を送迎するだけで一か月間の生活費を……。
いやいや、待て。
俺はもうすぐヤクの運び屋になる男だ。
100ユーロはおろか、1000ユーロだって2000ユーロだってわずか一晩で稼げる。
そう、運び屋になる男だ。
だが、現実は運び屋になるかもしれない男だ。
この女のせいで、約束された未来が少し歪んだ。
もしレオが捨てられて、ヒューガが代わりの運び屋となったら?
このレースへの調整のせいで、口座は一文無しだ。
わずか100ユーロ。
されど100ユーロ。
ヒューガの提示するその金額に頷くかどうかは、レオがこの女に負けたのを認めるか否かという択一に等しい。
プライドがある。
自信がある。
だが、それが絶対とは言い切れない。
もし……だったら、レオはこの100ユーロを断ったことを、一か月ほど悔やみ続けることになるであろう。
「チッ……分かったよ。さっさとキーをよこせ、クソ女―――」
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