空気を読まない女

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敗北、敗北、敗北……。 パーチェに戻るレオの頭に巡るのはその二文字。 歩くような速度でレオはゾンダのアクセルを煽り続ける。 逃げ出したかった。 屈辱と羞恥から。 無敗を誇り、今回も高らかと勝利を宣言した彼は、女に負けたのだ。 ド素人の女に。 ゴール地点でレオを迎える者は一人として居なかった。 観衆は20秒も前にゴールしたムルシエラゴに夢中だったからだ。 レオを迎えるはずだった観衆は既に広場中央で環をつくっている。 その中心から上がるのは、あの見慣れた白煙。 赤く光るムルシエラゴがウイニングロールを舞い踊っていた。 ドリフトで360度回転を繰り返し、タイヤ跡で半径7メートルの輪を描き続けるそのパフォーマンスは、1位でゴールした者にのみ許される勝鬨。 サッカーのゴールパフォーマンスがいい例だろう。 ムルシエラゴを囲む無数の観衆を、レオは遠くから眺めることしかできない。 ジジは公正なDJを装っており、ブースの上からメガホンを使って観衆を煽りムルシエラゴを讃頌している。 たが彼もまたレオと同じ驚愕を覚えていることだろう。 無敗の帝王、ゾンダ擁するレオを打ち負かしたのは女である。 ストリートレース初参戦の女である。 ムルシエラゴのロールが止まった。 吹き抜ける風が白煙をかっ拐ってゆく。 煙が晴れる。 赤い灯火が消える。 アイドリングが止む。 ブースから差すスポットライトを妖艶に反射する漆黒のボディー。 ボディーサイドを貫く紅蓮のピンストライプ。 巨大なリアウイング。 跳ね上がるガルウイングドア。 グラマラスで雄大なデザインを持つその車体から、高いヒールとすらりと伸びた長い足が姿を現す。 悠々とスレンダーな身体を車外へ。 決して鋭くない、むしろ穏やかな瞳を持ったその女は、自慢の長い金髪をワイルドに掻き上げた。 そしてチラリと目を向ける。 少し遅れて到着したゾンダへと。 レオは憤慨した。 見下したような目線ではない。 「お疲れ様でした」と言わんばかりの、なんの曇りもない目線に。
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