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「おい、落ち着けよレオ!」
事態を重く見たジジがブースを降り、観衆を掻き分けてレオとヒューガに近寄る。
だがレオはそれを拒んだ。
「来るなジジ。コイツに聞きてぇことがある」
「……季語がないですね」
「俳句じゃねぇよ!!!!!!!!」
「レオ、無敗神話が途切れたのは心中察するぜ。だが荒事を起こさねぇのが俺のレースのルールだぞ。そこは守って貰わねぇと困る」
「分かってる。腐っても女には手を上げねぇさ。……いいか、俺は負け惜しみを言いに来たわけじゃねぇ」
ヒューガを顔面数センチのところまで引き寄せる。
ヒューガの鼻が低くなければ接触していたところだ。
「お前、なぜストレートでアクセルを抜いた?」
「待て、レオ。そりゃあ聞いてねぇ話だ」
ジジ、および観衆がざわつく。
レースの模様はコースのカメラと会場のプロジェクターでばっちりとパブリックビューイングが行われていた。
だが、ムルシエラゴがストレートでハンデを付けたことには誰も気付いていない。
ハンデを付けてもレオとの差をここまで広げられたのか……ざわつきの中を掻い摘むとそんな感じだ。
「黙れジジ。……答えろ。なぜアクセルを抜いた? テメェ俺を舐めてんのか!?」
「……怖かったんですよ」
「は……?」
胸倉を掴むレオの手が緩まる。
ヒューガは自嘲するようにして「ふっ」と笑った。
そして胸倉を掴まれたまま、ムルシエラゴの天井を我が子の頭のように撫でる。
「エアロの細部、ネオンの仕掛け、エンジンルームの配色までオーダーメイドしました。このムルシエラゴは一つ残らず、全てのパーツが私の物なんです。レースに出ておきながら情けないですよね。……200キロを振り切れませんでした」
レオの中で蘇る。
事故車だった無残な姿のゾンダを手に入れたあの日。
ようやく自走できるまでに修理が完了したあの日。
慣れない手つきで名義変更を行ったあの日。
始めて街を流したあの日。
不敗神話の始まりとなったあの日。
この女は……。
……やっぱりクソだ。
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