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「は? あの女はナンパについて行ったんじゃ…」
広場を見渡す。
そういえば、先程から「プシュー」という軽快な水流音が気にかかっていた。
ブースを解体するスタッフが数名。
そこから少し離れた場所からその音は発生していた。
「俺もヤツらについて行くと思って眺めてたさ。しかしあのユーガって女、ああ見えて意志薄弱っつーわけでもないらしい」
何とも言えない光景だ。
ヒューガは煙草をくわえながら、高水圧洗浄機を手に自分のウイニングロールでできた円状のタイヤ跡を処理していた。
あの女、喫煙者だったのか。
そばには水に濡れたムルシエラゴが悠然と佇んでいる。
「ホザけよ。まあ確かにカッときたのは悪いと思ってるが、本当に悪いのはアイツだ」
「いいや、違うな。さっきの言い訳聞いただろ? ド素人だからお前と駆け引きした自覚なんてなかったんだよ」
「ド素人? おいジジ、あのレースを見てもまだあの女がド素人だって言うのか?」
「その通りだ。疑ってるならそれも本人に聞けばいいじゃねぇかよ。お前も気になるだろ?」
「ふんっ、そうでもねぇよ」
「はぁ…」と一つ溜め息をついたあと、ジジはやれやれと言わんばかりの表情でレオの肩に手を置く。
「いいかレオ、ここは映画やコミックの世界じゃねぇんだ」
「はぁ? んなことは分かってる」
「分かってない。言いたいこといってサッと去れるような世界じゃねぇんだよ。俺のレースの中じゃ喧嘩はご法度だ。だから堂々とストリートレースができるんだ。これが守れねぇなら、いくら親友といえど出禁だぜ?」
「チッ……出禁だけはゴメンだ」
レオは肩にのったジジの手を払う。
ジジは払われた手でレオの背を叩いた。
往生際の悪い子供のように舌打ちしながら足を進めるレオ。
その様子を、ジジはまるで父親になったような気分で眺めていた。
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