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670馬力の女
―――他の男であれば、この美しく微笑む美女の肩を抱き締めたいと思うことだろう。
だがレオの場合は、この下品にニヤつくクソ女の首を絞め落としたいと思っている。
先程来た道を戻り、左折して再びコルシカ通りへ。
今度は東へ向かう。
夜明けも近いため車はまばらで、飛ばせば10分くらいで着く。
だがあまり飛ばせない。
なぜなら左隣に女がいるからだ。
クソ女と分かっているのに、身体はどうしても“上手い運転”を心がけてしまう。
モラルのある男を装ってしまう。
クソ女と分かっているのに。
このクソ女が美女であることは、認めたくないが事実だ。
いつの間にか煙草を吸い、いつの間にか吸い終えて吸殻を灰皿にしまった。
煙に臭いがなく全く気付かなかった。
煙草にしては珍しい黒い煙を吐いている。
優雅に長い脚を組み、外の景色にたそがれるその姿は、レオが目にしたどの女性よりも絵になる美しさだった。
それを機に運転しながら彼女の観察を始め、いくつか分かったことがある。
ヒューガはぴったり1分半に一度、持ち込んだコーラの瓶に口を付ける。
やがて4度目でコーラがなくなる。
ドアの収納部分に空き瓶を片付け、沈黙。
その代わりにもう一つ気付いたことがある。
ヒューガはぴったり45秒に一度、前髪を分ける。
それもそうか、何もしなければ鼻先まで隠れるような前髪だ。
背面は腰まで達している。
ヒールは歩くのにも影響が及びそうなほど高い。
パーカーの袖は捲ってあり腕が露出しているが、腕、身体、脚まで本当にスレンダーという言葉がよく似合う。
不思議でならない。
なぜこんな風貌で、あのようなレースができたのだろう。
ヒューガはまた前髪を分けた。
「なぁ」
「……あっ、はい。私ですか?」
「お前しかいねーだろ」
これも不思議だ。
そのすっとぼけな顔でムルシエラゴというモンスターを操っていたのか。
「お前、本当に女だよな?」
「それは遠回しに『脱げ』とおっしゃっているんですか?」
「だったら素直にそう言う。なんでそんなナリであんな運転ができるんだ?」
「運転に見た目なんて関係ありませんよ」
「そりゃ分かってるさ。どこであんな運転を覚えたんだって訊いてんだよ」
「あっ、そういうことでしたか」
45秒経過。
また前髪を分ける―――。
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