カット

14/15
前へ
/122ページ
次へ
目の前の女性は俺の顔を真っ正面から見て言った。 「私、野上依子と言います。28歳のA型で乙女座です。今日からよろしくお願いします。 できれば守さんとお付き合いする所から始めたいです。」 「俺と同じ名字なんだね…。 俺の方こそ、今日からよろしくお願いします。 依子さんとの思い出は失ってしまったけど、俺との間にあった思い出も良かったら君の視点から教えてほしいな。」 「名字同じのは当たり前でしょ?!戸籍上は夫婦なんだから。 今度は、私に遠慮しないで何でも言ってね…。 私も守さんの事、あらためて知りたいから。」 「なんか初々しいですね。見ていて微笑ましい光景ですね。」 照れる野上夫妻。 「ではお客様、奥様。失われた記憶はもう必要ないですね。 どうかお幸せに。」 「え?必要ないって?」 「どういう事ですか?」 「一応規則なのでご説明致します。 カットした記憶は二度と戻せませんが、記憶を付け足す事は可能です。 いわゆるエクステンションです。 過去の資料や他者の記憶や証言などをもとに記憶を新しくつくり、脳内の記憶に付け足すんです。 もちろん、本来の自身の記憶とは別物ですから、当人にとっては違和感があります。 『実感のない記憶』とでも申しましょうか? もちろん、記憶にまつわる感情や感動は想起されません。活きた記憶ではないですから。 さて、一応お聞きしますが、どうされますか?時間も費用もかかりますが。」 「参考までに、いくらで出来るんですか?」 「はい、奥様。 そうですね…。 お客様の中で奥様はかなり大きな存在でしたので、記憶の大部分をカット致しました。 それら全部をエクステしたら…。 記憶1単位一万円頂いてましたから…。」 店主は、机から資料と電卓を持って計算していた。 「ご主人がカットした記憶は、集計した結果930単位でしたから、 930万円ですね。 諸経費合わせると960万円になりますが、大まけにまけて900万円に勉強させていただきますよ?お客様?」 「900…!!」 「ぼったくりじゃないか?」 「いえいえ、ご主人。記憶を1からつくり上げて脳に植え込む作業は大変な労力と手間を要します。 安いくらいです。 こちらは受験生に需要がありましてね…。 よく、お医者様のご子息などご利用頂いております。」
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加