記憶取扱加工技師

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「人間の記憶は、長期記憶、短期記憶と分類され…」 ある大学の講義室。 学生は、スマホをいじってみたり、居眠りしてみたり、板書してみたり…。 これらは、ありふれた、大学の光景の一つに過ぎない。 その光景の一部となっている私。 私は、板書するわけでも、教科書を開くわけでも、プリントを見るわけでもなく、ただ教授の話を聞いていた。 私を今苦しめているのは、長期記憶か。 細かく分類すると、エピソード記憶とも言うようだ。 私は「奥野心」と言う。 大学では心理学を専攻している。 もちろん、名前が「心」だからとかそんな安直な理由で専攻した訳ではない。 私は、心は脳の中にあると思っていて、脳内には記憶というデータが格納されていると捉えている。 ならば、記憶が人の心を構成し、人格そのものを形成してると解釈できないだろうか? 記憶を操作できたなら人格だって思うままではないか? そんな意欲を持って大学に入学した。 が、私だって学生である前に、ひとりの女に過ぎない。 普通に恋をして、男と付き合って、青春を謳歌もする。 と、同時に失恋もする。 いつものように合い鍵を使って、彼のアパートの中に入っていったら、なぜか私の友人と裸で並んでベッドに寝ていた。 こんなベタな浮気現場の目撃をする自分に笑ってしまう。 笑い事ではないが。 当然ながら私は友人一人と恋人一人を失う事となった。 それが3日前の事。 ろくに講義内容が頭に入らないばかりか、3日間ろくに食べてない。 同情してくれる親友たちが慰めてくれるので、私は恵まれているのだとは思う。 元彼は、浮気した事実が明るみになって学部内の女子大生からは白い目で見られていたようだ。 ついでに、浮気相手ともめでたく別れたそうで…。 しかし、私の脳内にこびりついたあの映像。 吐き気をもよおす程におぞましい、ありふれては困る光景。 何とか消し去りたい。 私は、今まで以上に心理学を研究して、記憶の操作ができるようになりたいと強く思う。 しかし、その高尚な決意はあの汚らわしい記憶によって妨げられていた。 負のスパイラルに陥っていた。
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