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「では、
どの記憶を切りますか?」
「冗談が過ぎますね。しつこいですよ?」
「いえいえ、当方は至って真面目です。
忘れたいけど、忘れられない記憶を脳から切り取るんです。
お客様。失礼ですが、看板をご覧になりましたか?」
「見たよ。全部含めて千円なんですよね?」
「はい。『記憶のカット』と明記させていただいてましたが。」
「ちょっと、待ってくれないか?一度外に出て看板を見てくる。」
看板をよく見た。
さっき見た時は『記憶の』の部分が車に隠れていたらしい。
確かに車が停車していたはずだ。
今はその車がどこかに走って行ったから隠れていた部分が見える。
「お客様。ご納得頂けましたか?」
納得した。道理で客が少ないわけだ。
怪しい床屋にも程がある。こんな事書いてる看板を見たら入る客も入らない。
普通に髪をカットするならこんなに安い床屋が混んでないわけがない。
「お客様。信用していらっしゃらないようですね?
そんなお客様の為に、今回はタダでカットさせていただきます。
もちろん、髪のカットもお任せください。」
タダという言葉に釣られ、また店に入る。
貧乏はしたくないものだ。
この期に及んで、まだこんな怪しい所で散髪してもらおうとしてるのだから。
「まずはお客様との信頼関係を築くことから始めさせていただきます。
目の前にあるのは何か教えていただけますか?」
鏡の前にはもぐらのぬいぐるみが置いてあった。店主が置いたのだろう。
「もぐらのぬいぐるみだな…。」
「はい。では今からその記憶だけをカットいたします。
お客様。私が今から言うように、こちらの紙に書いていただけますか?」
店主から板に挟まれた紙とペンを渡された。
『私は、○月×日△時□分に、鏡の前にもぐらのぬいぐるみがあることを確認し、それを店主に伝えました。』
紙とペンを受け取り、店主は私が座っている椅子を静かに倒して目に蒸しタオルを乗せた。
「タオルは熱くありませんか?」
「いや、ちょうどいいです。気持ちいい。ちょうど目が疲れていたところだ。」
「今お客様は何も見えない状態ですね?」
「ああ。」
「では今からもぐらのぬいぐるみの記憶のみカットします。」
ジョキン!!!
何かが切られた音。
あまり大きな音なのでびっくりした。
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