カット

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「では、タオルを取ります。 お客様。鏡の前にあった物がなんだったか教えていただけますか?」 いつの間にか、鏡の前には何も置いてなかった。 「あれ?何か置いてありましたよね? 確かタオルを乗せられる前までは覚えていたけど。 何か書かされた憶えもあるしな…。 しかし、すごい音だったがあれはなんだったんだ? 鏡の前の物だけは分からない。 確かに何かあったはずなんだが。」 店主は紙を見せた。 「もぐらのぬいぐるみ…? いや、納得できない。 でも、この筆跡は確かに俺が書いたものだ。 信じられない。」 「けれども、これで『カット』については信じてもらえたかと。」 「そういう事か…。」 「さて、記憶をカットした場合は決して思い出す事はできなくなります。 誰が、何を言ってもどんな証拠を提示されても。 お客様が今体験した通りです。 事実としては、もぐらのぬいぐるみがあった事は認めざるを得ないでしょうが、主観的には納得されてはいないのではと…。」 「この紙がなければあなたが何を言っても俺は信用できなかったろうな…。 床屋にもぐらのぬいぐるみなんて普段置いてないしな…。」 「敢えて、普通床屋に置いてないものを選びましたからね。」 「例えば、例えばの話だけど、何か犯罪を犯して証拠不十分だった場合は、いくら警察に取り調べされても、その犯人から犯罪の記憶そのものをカットされてたら自白は無理になるとか?」 「はい。自白でしか犯罪を立証できない場合はそうなりますね。多分起訴できないでしょう。 …何かご予定でも?」 「ないけど。例えばの話だよ。」 「本来は、辛い過去の記憶をカットして前向きに生きる為に始めたサービスなんです。 未だPTSDに苛まれている方も多くいらっしゃるのが現実ですから。 災害から、愛した者を事故で失った記憶、虐待やいじめの記憶など…。 憶えていて、百害あって一利なしの記憶もありますよね。 本来、辛い記憶は自身の成長の糧になったり、同じ失敗を二度としない為の教訓になったりと、乗り越えられた場合は明るい未来につながる財産となるんですが…。 なかなかそうもいかないですから。」 「忘れてた方が幸せな事もあるか…。」 「あくまでその選択はお客様ご自身が行うものです。」
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