スフィアローゼ

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ベルベットの螺旋階段を下りると、熱い風と一緒に、人間の気配が感じられた。 ナサニエルはおやと思ったが、すぐにその正体がわかった。 「やあ、カルロス」 ナサニエルはにこやかに男の顔を覗き込んだ。 カルロス・アルバラード上級兵士。浅黒い肌に少しくせのある茶色の髪は、現地人の典型的な容貌だ。特徴的なのは鍛え上げられた体格には不似合いの、大きな瞳。精悍な顔立ちにもかかわらず、そのせいで30歳という年齢よりも大分幼く見える。 遊撃部隊の戦士でもあるため、麻布の兵服の上、胴、手首、足首には、黒銀の防具が装備されている。 大きな茶色の瞳は、不信感を隠すことなど一切なく、ナサニエルを睨みつける。 「ブライス博士」 低く、よく通る声だ。 普段は戦場で仲間の戦士たちの士気を上げるが、今は表面上は穏やかな口調で、目の前の男に食いかかる。 「ここで何をしているのですか?」 「別に何もしてやしないさ」 ナサニエルは笑顔のまま、けろりと答えた。ほんの少し小首をかしげて見せる。 「才女な王妃様から、学術的なご高説を賜っていただけだ。この国の神話について」 「アミナ様はこの国の王妃になってまだ日が浅い」 カルロスは少し不機嫌そうな顔をしたと思ったら、慎重に言葉を紡いでいく。 「曲がりなりにも考古学者のあなたより、この国の神話についてご存知だとは思えない」 ナサニエルはくすりと笑った。つい最近娶られたばかりの若く美しい王妃に対し、国民の大半があまりいい感情を持っていないという事実は、兵士たちの厄介事なのだ。目の前の怒りっぽい上級兵のみならず。 アミナは隣国の大富豪の娘で、英才教育を受け、先進国への留学経験もある。肩書きとしては申し分ないのだが、問題は彼女があまり信心深くないとの噂があることだ。彼女の国教への関心があるとしても、愛する自分の位置づけについてだと。 彼女にとって幸運だったのは、素行の悪さについて噂がないということだ。例えば、王以外の男をたぶらかし、清純な薔薇の塔に招き入れる、などの。 「役人も大変だな」 ナサニエルの他人事のようなねぎらいは、火に油だったようだ。 「貴方こそ、自分の仕事をしたらどうです?」 「どう言う意味だい?」 ナサニエルはとぼけた風情で問い返した。
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