スフィアローゼ

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赤い布の日除けをつけた果物屋は、地域の原産品や異国から取り寄せた珍しい品まで、分け隔てなく並べている。というのも原産国ごとに並べているわけではなく、何を考えたか色ごとに品物を並べているものだから、バナナの隣にレモンがあったりする。 大柄な軍人風の若い男が、少し体を縮めて店に入ってきた。りんごの隣から真っ赤に熟したオレンジを取ると、品物に埋もれそうになりながらそろばんを弾く女に品代を渡す。受け取った女はそろばんから目を離し、積まれた果物の間から男をまじまじと見た。 「どこから来なすったね?」 ジリジリと太陽が照りつけるこの国では、浅黒い肌と黒い髪の人間が一般的だ。現地人なら、背もそんなには高くない。 しかし、目の前の男は身長180cmはあるであろう大柄で、透き通るような白い肌、髪はプラチナブロンドと言われる明るい金髪だ。色とりどりの果物がまぶしすぎるのか、神経質そうに濃いブルーの瞳が揺れる。 「ここから北西の大陸から」 男はそこそこハンサムだが、あまり愛想のいいタイプではないようで、この地方の言葉を、まるで法律書の一文でも読むように、くっきりと発音した。浅黒い肌の中年の店主はそんなことには気にも止めないようだ。 「王に会いに来たんだろう?神殿まで行くにはあの長い階段を800段は上がらなきゃならない」 女が指差す方向、広場の奥には照りつける太陽に無防備にさらされた、長い長い石段が、同じ材質の石壁の上を這って、無限に続いている。 「もう少しオレンジを買っていかないかい?おまけしておくよ」 片手で血のように赤い果実を転がすと、女はいたずらっぽく笑った。 フェルディナンド・オーガン、28歳。 軍学校を主席で卒業すると、すぐに帝国軍の職につき、高度な語学力を活かし諸外国での任務についた。真面目で常に冷静沈着だが、見た目と無口な性格から、あまり人好きはしない。外国での任務も外交官というよりは、調査員といった名目で遣わされている。 3つのオレンジをからの水筒と一緒に肩に下げたカバンに入れると、はてなく続く石段を登り始めた。 広場の出口からしばらくの間は、段々畑が続いていたが、その後は石造りの住宅地となり、やがて石壁から、枯れ気味の高山植物がちらほら生えているだけのさみしい風景が続く。
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