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「では、イリヤ・ロブレスの学説か?」
この地方には、実は黄金の柄杓の他にも様々な伝承がある。もちろん異教扱いだが。
「違う違う、そんなとりとめのない話でもなくてだ」
自然信仰の権威も偉大なる国教に反する説とあっては、こんな言われようになってしまう。
男は自分の身振りのせいで、さらに消耗したらしい。それでもめげずに、一定のペースで石段を登り続けるフェルディナンドに続いていく。
「人喰い族の伝説ってやつをさ」
フェルディナンドのペースが初めて落ちる。
男がそれを追い越して、初めてフェルディナンドの顔を覗き込んだ。
「なんて顔してるんだい」
フェルディナンドは自分がどんな顔をしているかは分からなかった。ただ、苦虫を噛み潰したような顔をして、男を睨みつけたような気がする。
無論、そう言った血なまぐさい話が人々のあいだで噂されていることは、国にいた時に下調べ済みだ。伝説には続きがある。
神のつくりし大地には、
時折悪しきものたちが棲みついた
彼らは人を捕まえて
大釜にいれ、ゆで上げ喰らう
彼らは呪いの詩をうたい、
草花を枯れさせる
神とその子供たちはいく度も
彼らと戦いついには勝利した
フェルディナンドは呆れはてた。
この続きの一節は、はっきり言って後付けな気がする。この伝説を一つの物語とするならば、決して必要な章ではないだろう。
平和に飽きた人々は、自分たちのつまらない日常に、恐怖という名のドラマを見出そうとする。実に贅沢な話だ。その先に続く話題はもちろん、こうだ。
「その怪物が今も、神殿の地下牢に入れられてるって話だ」
ほら来た。フェルディナンドはまたため息をついた。
もし仮にそんな野蛮な民族がいたとして、どうして生かしておく必要がある?しかも何百年前に討伐した民族であるならば、今いる彼らは人食い族の子孫で、神の子孫である王族は、野蛮な一族を家畜のようにつがいで飼い、育てていたとでも言うのか。第一、
「神殿に地下牢はあるのか?」
商人はそれを聞いて一瞬きょとんとしたが、やがて声をたてて笑った。目の前の若者は、からかわれる気は一切ないらしい。
「あるわけないさね、そんなもん」
男はけろっと答えた。
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