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漆喰で真っ白に塗られた薔薇の塔は、神殿と宮殿のあいだに位置している。長い螺旋階段を登った上二階部分だけが住居となっており、塔への入口にも、住居への入口にも扉は設置されていない。
その内装は、階段に敷かれた滑り止めのベルベットから、絨毯、タペストリー、最上階である寝室のシャンデリアまで、全てに薔薇が散りばめられている。
白い石の壁にびっしりとかけられた絵は、全て若く美しき王妃の肖像画だ。
全て真紅の額縁に収まっているが、ベッドの上で妖艶なポーズをとり、悩ましげな表情をした一枚は、特にお気に入りなのであろう。特別製の黄金の額縁に飾られていて、それだけサイズも大きい。
ルビーをはめ込んだ王妃のブロンズ像が設置されているサイドテーブルで、考古学者のナサニエル・ブライスは本を読んでいた。
『我らが母なる大地』 イリヤ・ロブレス著
フレームのない眼鏡の奥で、翡翠色の瞳が微かに動いている。読むというより、眺めるといった風情だ。
「そんなにその本が魅力的?」
小麦色の細いなめらかな腕が、ナサニエルのウェーブの黒髪がかかる首元に巻き付いた。ナサニエルは少しも動揺した素振りを見せず、眼鏡を外すと本の上に置き、立ち上がった。
「君程じゃないけどね」
女の耳元で囁くと、じゃらじゃらつけた金のイヤリングが、冷たい鼻に当たった。
改めて向き直ると、黄金のように微笑んだ。
とろんとした漆黒の瞳で目の前の男を見つめている女は、肖像画と、ブロンズ像の人物。
オルフェ王に三ヶ月前に娶られた若きアミナ王妃だ。
瞳と同じ色の豊かな黒髪はゴージャスなにカールされ、通った鼻筋、長いまつげ、小麦色の完璧なプロポーション。本人も自分の美貌を過小評価するといったことは露ほどにもなく、目の前の美しい男をたぶらかそうと、身体をくねらせる。
「今日来た男はどんな奴だった?」
「どの男?」
ピンクの甘い唇から、いたずらなくすくす笑いが漏れる。
「そりゃあ、帝国ハルフバードからきた軍の調査員に決まってるだろ?」
ナサニエルは整った眉を歪め、わざと困った笑みをしてみせた。
「綺麗な金髪で、割といい男よ。体が大きくて」
「どうやら魅力的なやつみたいだね」
「あなた程じゃないわ」
王妃は妖艶に微笑むと、またナサニエルの首元に美しい顔を寄せる。
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