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『お待たせ。』
もう少しで顔が見えたのに、うしろを通った女性に視界を遮られた。
そっか、そうだよね。
いま再会したとしても、やっぱり話しかけることなんかできない。
自分の気持ちだけが、先走ってしまっていたことに気付く。
そして、それくらい心の中が宮瀬さんでいっぱいになっていることにも。
『あたしはこっちの方がいいんだけど、どう思う?』
聞く気はなくても、聞こえてしまう距離。
女性がバッグからパンフレットのようなものをいくつか出して、テーブルに広げている。
『だからどっちでもいいよ、俺は。』
『またそんなこと言うんだから。お父様とお母様が、ちゃんと一緒に決めてって仰っていらしたのに。』
投げやりな返事に、その女性はムッとしているようだ。
『とにかく、俺はどっちでもいいよ。それに、抑々乗り気じゃないんだから。』
女性に返したあっさりとした言葉とは裏腹な、とても柔和な声。
『ねぇ、聞いてるの?楓。』
『聞いてるけど、興味ないんだって。』
って言いながら、窓ガラス越しにその視線と繋がっているのは、私……。
好きになった人には、元々彼女がいて。
その人も私のことが好きだと言ってくれたけど、決まった相手がいて。
だから、私の気持ちに応えてくれなかったんだって考えは、この数分で容易に浮かんだ。
お互いに追っても、平行線を越えられない。
それがこの恋の運命なのかもしれない。
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