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気がつくと秦盟は枝を奪われ、尻餅をついた胸元に、逆に突きつけられていた。
「参った、さすがだ。どこで学んだんだ?」
両手を横に軽く開いて力をぬき、もう戦いの意思がないことを示す。
「おいそれとは……」
訳があると見て、それ以上は聞かなかった。
「これからも、たまにこうして、稽古をつけてくれないか?」
「貴方は、太学生でしょう。登階及第めざして学ぶのに、なぜ儀礼以上の武術がいるのです?」
「ひとつには、自分のためだ。敬愛する先生の論に、『学びて身をないがしろにするは小人なり。健全なる肉体あってはじめて、真の学に達する』というのがあってだな。その実践というわけだ。
もうひとつには、人助けのためだ。先日の暴れ馬もそうだが、賊に襲われた時、弱い者は身を守る事さえできない。そんな者たちを、少しでも助けたいのだ」
珪薊児が背に似合わない小さな手をさしだした。秦盟は、その手につかまって立ちあがった。
「この技は、人に教えられるものではないのです」
「一子相伝とか、門下でなければとか、いろいろあるのだろうが、理由は問わないことにする。
残念だがな。俺は、つまるところは、多少武芸の心得はあっても、その道の者ではない。
深入りはしない。
だが、これからも、友として遇してもらえれば嬉しい」
「貴兄は、尊敬に値する人です」
それが答えだった。
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