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◇
ある日、太学の宿坊で勉学に励んでいると、ふと散らした紙を同室の紀民が拾いあげた。
「いい品だな。魁文堂?」
「ああ、褒品だ」
「成績上位は、優遇されるなあ」
「ものは悪くないが、学外で使えるものではない」
その通り、紙には将来の上得意に名前を覚えてもらおうとばかりに、「魁文堂」の文字が梳きこまれ、使っている筆にも「魁文堂」の焼印が大きく押されている。
紀民は拾いあげた紙をしげしげと見て、
「文雅の筆は多いが、秦盟のは、いつもながら雄渾だな。
文字が紙の内にとどまっていると思えないよ」
「志があるからな」
「いいね。秦盟の成績であれば上位及第間違いなしだ。同室として誇らしいよ」
「紀民は志はないのか?」
「僕の志はまあ、なんとか及第して官吏になり、できれば美人の妻を迎えて円満な家庭を持ち、一女二男に恵まれて……」
「小さいな」
「ああ、それでいいんだ。宮廷に特別な知り合いもないし、人並み優れた才能もない。このご時世、それだって十分な高望みだ」
太学への入学を許される成績で、人並み優れていない訳がなく、紀民の言葉は謙遜だ。
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