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杏の皇王の居城のある皇都・杏京。
天下太原のほぼ中央、龍河と鹿河という二つの大河にはさまれた、広大な土地に築かれた城郭を持つ都市である。
皇王の城は、実に、その広大な街の北側八分の一を占める。
「それでも杏京は、まだましだよ」
茶屋の店先に腰かけた旅装束の商人が、荷物を下ろし、隣にいる若者と話をしていた。隣には、背の高い笠をかぶった人が座っている。
「杏京には、まだ食糧もあるし、賊も少ない。
玄の近くの郷村では、長城の労役につかされて年寄りと子供しかいない街で、略奪におびえながら、暮らしているところがいくらもある」
「北はそんなにか」
答えた若者は、学生のつける頭巾をかぶり、細帯に学章をつけた太学生の身なりをしていたが、文弱というわけではなく、よく日焼けしていて、目つきも厳しい。
「北ばかりではない。南の赫の近くにも西の素の近くにも、流民があふれかえっている。各地で閥賊が略奪をくりかえしている」
「各地に官軍が派遣されているというが、やはり?」
「同じだね。官軍のほうが、権力をかさに、よりひどいことをするからな……」
「官吏をめざしている太学生には耳に痛いだろうが、今上は民の事を知らず、官僚たちのいうがままだ。そして、先ごろ迎えた美しい妃に溺れて贅沢三昧とか。
官僚たちも将軍たちも、身分をかさに、奪う集める懐にしまうのやり放題、肥え太るのはそれにつながる金持ちばかり」
そういって、商人は若者を見た。
筋肉質の、均整の取れた体つきは、文官ではなく、武官をめざしたほうが早そうに思えるほどだ。
「そのなりじゃあ、太学生といっても、及第できるほどの本の虫ではなさそうだな。荷運びでも畑仕事でも手伝えるなら何でも手伝って、学費を稼いで、何とかぎりぎりでもってところだろう。そんな苦学では、万一にだって、上位ってことはなかろう。
残念だな。あんたが及第していいご身分になるってんなら、先に渡りをつけておくところだがね」
「すまないな、ご期待に添えなくて」
若者は、苦笑した。
茶を飲み終えた商人が立ち上がり、荷を背負う。
「ではな」
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