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「秦盟」
商人と別れた若者に、同じ太学生が声をかけた。こちらは秦盟よりも小柄で、柔和な顔立ちをした、どこにでもいそうな学生だ。
「紀民」
「珍しいな。何をしていたんだ」
「要るものがあったから」
紀民は手にしていた包みを示した。形から見て、紙の束と、筆らしい。
「また塾を休んで稽古を?」
「ああ。付き合いが悪くてすまないな」
「いいさ。でも、あとひと月もないのに、私塾より稽古とは、余裕だな。それで成績は人一倍なんだから、うらやましい限りだよ」
「『学びて身をないがしろにするは小人なり。健全なる肉体あってはじめて、真の学に達する』と円璧先生もいっておられる」
「また円璧先生か。少数派じゃないか。
『身を傾けて初めて学成る』だよ」
「本に倒れかかるほど勉強して、病気になったら学は成らないと思うぞ」
「まあ、比喩だから」
紀民が笑い、秦盟がつられる。
その時だ。
道の向こうから、悲鳴があがった。
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