第一章 出会い

4/17
29人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
 荒馬だ。    何に驚いたのか、荷をつけたまま、土煙をあげ、あたりの人や物を蹴散らしながらまっしぐらに走ってくる。    秦盟が、手に、ぱっとつばをかけた。   「おい、よせ! 怪我でもしたら三年がふいになるぞ」    聞かず、秦盟は道に出て身構える。   「お前は隠れていろよ!」    秦盟は、紀民がうなずいて奥にひっこむのを確かめた。その目の端に、隣にいた背の高い男が立ち上がるのが映った。    ほっそりとした男は笠をはずして椅子に置くと、秦盟の脇をすっと通り抜け、道のさらに先へと何事もなかったように進んでいく。   「おい! 何をする気だ! 怪我をするぞ!」    秦盟があわてて叫ぶのも気にせず、男は平然と進む。    土煙が近づく。    と。    背の高い男が軽く地面を蹴ってかけだした。    武芸の心得のある秦盟ですら感嘆するほどの、すばやい身のこなしだ。  だが、あの細さではろくな力はないだろう。このままでは跳ね飛ばされるに違いない!    ぶつかる!    秦盟が、「あっ!」と思った時には、荒馬はおとなしく手綱を握られていた。    荷の多くはあたりに撒き散らされていたが、車は無事だ。    荷車の持ち主らしい男が、叫びながら遠くから走ってくる。  手綱をかえし、男が立ち去ろうとする。    秦盟は思わず、声をかけた。   「何をしたんだ?」 「原因をとりのぞいただけだけですけれど」    思ったより細い声だ。   「原因?」   「かわいそうに、耳に花蜂が入っていた」   「それがあんなに遠くからわかったのか?」 「まさか! わかるわけがないでしょう」    では、馬が近づいた瞬時に見分けて対処したのか。  秦盟は、男を見なおした。   「そなた、名は?」 「ものを知らない太学生ですね。名のるときは自分からでしょうに」   「すまん。俺は、秦盟」 「私は、珪薊…… 珪薊児、です」 「珪薊児どの、お見それした。以後、お見知りおきを」 「こちらこそ。試験前の大切な身を危険にさらして前に出た義侠心、お敬い申し上げます」  
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!