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◇
秦盟が次に珪薊児を見かけたのは、数日の後である。
私塾を休み、稽古をした後、川沿いの茶店で休んでいると、頭半分人より背の高い笠をかぶった姿が人ごみの中に見えた。
あ、と思い、急いで席を立ち、追ってみた。
はじめから距離をとられており、たやすくはない追跡だったが、ついに珪薊児は一軒の下級官吏の家とおぼしいところに入っていった。
きょろきょろしながら門を入ったところで、突然、のどに何か押しつけられた。
剣? いや、やわらかい。
あらがおうと手をあげて、首にまかれたものをはずそうとしたときには、
「これは、秦盟どのでしたか。つけられるとは思ってもみなかったので、失礼しました」
はらりとおろされたのは手巾であった。
「ぶっそうだな」
「ぶっそうなのは貴兄のほうですよ。いつから後をつけていたんです。途中で気はつきましたけれど……」
「見かけて、声をかけようとしたが、さっさと行ってしまったから」
「ここにお住まいなのか?」
そのとき、家のほうから人が出てきた。
「薊……」
「あら珍しい、お友達?」
「お母様」
「貴兄は、お母上を『お母様』と呼ぶのか」
「どうでもいいでしょう」
横を向いた珪薊児をよそに、母親が話しかけてきた。
「おあがりになってくださいな。こんな背なものだから、相手にする人もなくて、心配していたのです」
「背が高いと何か問題でもあるのですか?」
「気になさらないとはまた、剛毅な方ですこと。助かりますわ」
「もう、この方はそんな方ではなくて、街で知り合っただけの……」
「もう。ちょっと来なさい」
いきなり、珪薊児が秦盟の袖を引いた。
「晩までには帰るんですよ」
ぐいぐいと袖を引かれて、秦盟は二人で外に出た。
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