第2話 嫌われ姫たち

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「うわあぁあああ!!」  悲鳴。痛切に胸に響いてくる。この声を聞いてすでに数分が経っていた。  背格好も清楚さもハンと瓜二つであるマリは、風になびく髪も着物も枝に引っかけることなく、木々の合間を優雅に飛び続け、やっとのことで悲鳴のする現場に到着した。  到着した時にはすでに、地面が赤い色を吸い、黒ずんでいた。  魔物。ここ二、三日多い。なぜ現れるのか。狼の形をしているのに群れをなさず、時期を選ばず山奥からやってくるので得体の知れないもの、魔のもの、だから魔物と呼ばれている。この山に出没するのが常識となってしまったが、その出現の原因は今だに分からない。  血生臭さに整いきった顔が歪む。魔物に襲われている青年は歪むだけではすんでいない。  マリはすぐに村人と魔物の間に滑り込んだ。 「お、お前はっ」  村人にとってはどちらも会いたくない対象だろう。しかしここは我慢してもらうしかなかった。 「じっとしていて下さいね」  優しい気遣い。ハンとはまた正反対な、容姿に見合う温和さをマリは備えている。  魔物に対してはしかし、真剣に。  正視した。魔物はマリを睨みつけ、様子を窺っている。  マリはゆっくりと手に持った鞠をつき始めた。地面には凹凸が見られるのに、鞠は淡々と地面を垂直に上がり、マリの手に戻り、また垂直に下がり、地面を触って上がり、を繰り返し、一定のリズムを刻む。  ハンと同様、空間が静けさに沈んだ。ハンが絶対零度の威圧を含むなら、こちらは水の穏やかな流れを想像させる膜のような、氷の凍てつきだった。  甘さではない。これは魔物を落ち着かせる効果をもたらす方法だった。その証拠に、低く唸っていた魔物は鞠の不思議なリズムに惹かれ、首を動かして追うまでになっている。 「いい子です」  マリが穏やかに笑いかけ、鞠を遠くへ投げた。それを嬉しそうに追い、魔物は森の奥へと姿を消す。一緒に消えたはずの鞠は、すでにマリの手に戻っていた。まるで手品だ。鞠の化身というのはだてではない。
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