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狭まっていた視界が突然開け、ナツキは前のめりになった姿勢を維持できずに前方へつっこんでしまった。
ごん、という音が床に響き、活気に満ちた部屋が凍ったように静かになる。
「な、ナツキちゃん?」
凍りを溶かしたのは、ナツキがいるとも知らずに戸を開けたシンタだった。ナツキは打った顎を押さえて起き上がると、慌てて姿勢を正す。
「ど、どうもこんばんは……」
誰も何も言わない。気まずくなったところに父の怒声が木霊するのだろう。
しかし。
「帰っていたのかナツキ。ほら、お前も村の恩人を持て成しなさい」
怒声どころか滅多に聞かない歓迎の声が聞こえて、一瞬ポカンとしてしまったナツキは、父の気が変わらないうちに素直に従った。
「この人は村を魔物から救ってくれた恩人だ。失礼のないようにな」
だからか、とナツキはさっきの疑問の答えを見つける。この男は村を救ったから、村のためにしてくれたから歓迎されている。
マリとハンのことを考えたら、不公平だと思った。
嫉妬から、ナツキは角が立たない程度に適当な酌をする。
すると、男の紫色の瞳と目が合った。微笑まれる。
「!?」
それがあまりに印象のいい顔で、ナツキは酌に集中する振りをして顔を伏せた。顔が赤くなっていくのが分かる。そういえばここ何年か、男の人を意識することがあまりなかった。免疫がない。
「娘さんですか」
男は興味を持ったのか、ナツキの方を向いたまま、ハルキに問いかけた。
「お恥ずかしい限りですが、そうです。ナツキといいます。これが不肖の娘でして」
ナツキは自分が話題にされたことでさらに恥ずかしくなって、悟られないように顔を斜めに逸らした。
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