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「ナツキの言ったことこそでたらめです。現にシンタは今日、その娘にやられて足を怪我して帰ってきました。あなたも見たでしょう?」
「……」
真実を探し始めた男を見て、ハルキは最終手段に出た。
「……なんですかこれは」
男の前に、小さな袋が差し出される。
「ほんの気持ちです」
手に取り振ると、中で鈍い金属音がした。金貨ではない。おそらく石と装飾品の類。
「なるほど」
男は目を閉じた。旅人である男には、この地域で使われている貨幣よりも宝石の方が利便性に富んでいるし、値打ちは地域でそれぞれだが謝礼を上乗せする手段としても用いることができる。
初めにいい値を出すと言いながら、男が渋ればそれをちらつかせて願いを聞き入れてもらう。これがハルキのやり口。宴をお開きにしたのも、村人が稼いだお金を賄賂に使っていることを隠すためだ。
「これは受け取れません」
ハルキは少なからず驚いたよう。何人か立ち寄った旅人には同じ手口で成功していたのだろう。成功を見ない例は初めてと顔に書いてある。
ぐっとつまったハルキに、男は袋を膝元に返す。そしてそのまま近づき、耳打ちした。
ハルキが固まる。
「……ナ、ナツキ、ですか?」
「はい」
一瞬理解が及ばず反応が遅れてしまったのは、男が顔に似合わない要求をしたからだった。しかもその対象が、ナツキ――実の娘とは。
「いやいやいや、ナツキはまだ十七の小娘ですよ?男を喜ばせるようなもてなしはとてもじゃないが……この村にはもっと美人もそのあたりの気立てがある者もおります。そちらの方が……」
男は喉の奥から、感心したような息を漏らした。
「意外ですね。今のあなたのやり口や娘に対する態度から、娘でも容易に利用する酷い父親を想像していたのですが、大事に思う心はお持ちらしい。しかしその代わりに村人を犠牲にする、ですか。……今までもそうやって、裏で誰かを蔑(ないがし)ろに?」
「な……」
突然の非難に戸惑いを隠せず、ハルキのよそ行きの顔が剥がれかける。
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