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「○○物産の山田と言います」
小野寺氏の彼女に、すちゃっと名刺を渡す。そして彼女の耳元でそっと囁いた。
「君の彼氏、小野寺君を、直接ここに呼んできてほしいんだ。アポなしな上に、ちょっと会社で話せない事情があって」
「でも……」
「彼の昇進にかかわる話でさ。呼び出すときも、取引先の山田さんで呼んできてほしいんだけど」
俺の会社の名前を言ってしまったら、まさやんに即バレする恐れがあったので、濁すように言い伝えてみた。
「もしかして、ヘッドハンティング!?」
俺は口元に人差し指を立てて、しっかり内緒をお願いする。慌てて彼女は小野寺氏を呼びに行ってくれた。
話し合いは会社の屋上で、こっそり行われることになった。目の前に立ちつくす小野寺氏に名刺を渡す。
「○○物産の営業企画部課長さんが、俺に用って何ですか?」
「君の手腕を買っていてね、是非協力してほしいことがあって」
小野寺氏は面倒くさそうな、盛大なため息をついた。
「俺、仕事はそんなにできませんけど」
「またまたぁ、ご謙遜を。あちこちの会社の女の子使って、いろんな情報を仕入れたりしてるじゃないですか。勿論、うちの会社のもね」
笑顔で俺は接し続けた。
「俺の持ってる情報がほしいんですか?」
「はじめから言ってるじゃないですか。情報じゃなく、君の手腕を買いたいって」
にこやかな表情を作ったまま、事情をつらつらっと説明した。
「あの鎌田と張り合えって? 冗談じゃない!」
小野寺氏はご立腹の様子を全身で表した。やはり、まさやんと何かあったんだな。昔っから苦手な相手には手厳しく接するから、こうして嫌われちゃうんだよ――
「こちらもただで、取引しようとは思っていないですよ」
スラックスからスマホを取り出して、大きな画面に映し出したとある画像を見せる。
「う……」
「張り合って勝っても負けても、このコを紹介します。某企業の社長令嬢――」
小野寺氏の好みはしっかりリサーチ済みなので、間違いなくこの取引は成立するであろう。
「しかも普段は見ることができない、鎌田の意外な姿が見られるかもしれませんよ」
トドメの一言に小野寺氏は首を縦に振ったことにより、抜けるような青空の中、商談は無事に成立したのだった。
こんな小者に、まさやんは負けるはずがない。
彼女に告白するか否かをバンド仲間と賭けをしていたのだが、俺の一人勝ちだった。
問題はこの後、彼女とどれくらい長続きするかってことかな。たくましそうな彼女なら、きっと大丈夫だろう。
仕事で培った、この目がそう確信した。
まさやん、いつまでも幸せであれ。
めでたし、めでたし。
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