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そのおかげというべきだろうか、とりあえずいまのうちにすべきことある。わたしは高校入学を機にようやく買い与えられたケータイを手にした。
遅くなります。ご飯は先に食べてて。時間までには帰るのでよろしく。
必要最小限の文言をたどたどしい手つきで打ち込んでゆく。親指で打つには不適なサイズのボタンが恨めしい。
ときおり、離れた席から手を叩き爆笑する高い声が上がる。同じ年頃の、制服姿の女の子たちのものだ。
わたしとは違う生き物だ、と思う。背格好から境遇に至るまで、あらゆるものが違う。どちらがいいか悪いかではなく、ただ漠然とそう感じてしまうのである。たしかにわたしも同じ『女子高生』には違いないが、わたしにとってのそれはたんに性別と身分を組み合わせた肩書きにすぎない。この言葉の持つ独特の艶っぽさや、JKと記号みたいに略されるような軽薄さとは無縁に思えた。
生まれてくる時代を間違えたのかもしれない。
「カレシ?」
突然、そばからJKの代名詞こと奥沢さんの声がした。わたしはとっさにケータイを閉じ、取り繕うように微笑みを返す。
こっち。奥沢さんが手招きすると、トレーを手にしたほかの3人がやってきた。そのうち2人が向かいの席に着き、1人が隣の席に着いた。
隣の人がわたしに微笑みかけてきた。ね、いいでしょ? 先ほど教室でそう呼びかけてきた子だ。ふんわりしたショートカットで、間近で見るその顔に化粧っけはなく、まだ中学生のようなあどけなさを多分に残している。彼女はこのメンツの中では最も自分に近いタイプだとわたしは直観する。「よろしく」というひと言をごく自然に口にしていた。それに応じるかたちで彼女が小さな手を差し出してくると、わたしはさらに小さい自分の手をそこに重ね、握り合った。
さて、奥沢さんの仕切りでこの女子会ははじまった。彼女は、わたしになにかを聞きたくてうずうずした様子でいる3人を制し、まずは自己紹介をしようと言った。
「ではあたしから」
彼女がそのまま1番手を引き受ける。「奥沢絵莉菜です。附属中学の出身。家は横浜の長津田ってとこなんだけど……たいへんのどかでいいとこです。はい。満員電車と痴漢に青春のエネルギーを吸い取られる日々を送ってます」
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