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──2011年、春。
大宮に定刻どおり到着した上り電車は、ここで数分よけいに足止めされるはめになった。ここから合流する他線で起こった人身事故でダイヤが乱れているためという。
東京入りを目前にしての遅延に焦りが募る。たった数分とはいえ、わたしの登校プロセスではその数分の遅れを吸収することができない。つまり、たとえば1分の遅れが最低でも1分の遅刻に反映される。そのくらい時間に余裕がないのだから死活問題なのである。
おまけに毎朝利用するこの電車は上野駅13番線の到着となる。『低いホーム』と案内されるそこは『高いホーム』に比べ、山手線などのホームまで距離がある。よってわたしが利用するのは先頭車両、それも最前のドア付近と決まっているのだが、当然のことながら乗り換え至便な車両は殺人的混雑となるのがつねだった。
都内に入って最初の赤羽に着くと、わたしは長らく温めていた座席に別れを告げる。ここで降りるためではない。乗客の流れがあるうちに降りる態勢を、言い換えれば臨戦態勢を整えるためだ。不幸中の幸いというか、わたしはドア前のポジションを獲得することに成功し、ひんやりとした感触の戸板に文字どおり頬ずりしながらそのことを密かに喜んだ。
乗り降りのわずかなターミナル手前の尾久を出ると、やがて併走する山手線などの電車を見つめながらわたしの心臓は徐々に高鳴りだす。そのうち電車はスピードを落とし、最後の車内放送が流れる。まもなく終点上野。いよいよだ。ここからが、毎朝くり返される『戦い』のはじまりだった。
上野到着8時07分。5分遅れ。
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