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緊張感の欠けた人といえば、まさにこの人だろう。いくら附属中学からの進学組とはいえ、制服のスカート丈は膝上20センチくらいに達しているし、ワイシャツのボタンは第二まで外れていて、その開襟部を若干覆い隠すように赤のストライプの入った青いネクタイが緩く垂れている。
ただし、一応、肩の下まである髪はほぼ黒のまま保たれていて、かろうじてギャル系への一線を越えていない印象ではある。が、それでも出席番号のからみで席が隣どうしという縁がなければ、このてのタイプの人がわたしなんかに構ってくることはなかっただろう。
宿題を見せてもらっているあたり、わたしはただ利用されているだけなのかもしれないが。
ルーズリーフの内容を書き写しながら、奥沢さんが言う。「なんか字震えてない?」
「電車ん中でやったから」
「そっか。やっぱ時間は有効活用しないとね。あたしもエンツーだし」
そう言う彼女の住まいは横浜だ。とはいっても、ハイカラなイメージの沿岸部ではなく、内陸の緑区である。ここからはJRと私鉄を乗り継いで1時間ほどかかるという。あたしの住んでるとこって超田舎。家のまわり畑ばっかだし野生のタヌキも出るし駅前なんて農協しかないし。彼女がしばしば自虐的にそう言ってみせるのは、やはりそこが『ヨコハマ』だからだろう。
そしてわたしはというと、とりあえず「埼玉のほうから」来ていることにしていた。それも話したのはこの奥沢さんくらいで、住んでいる場所に関する話題そのものをわたしは極力避けるようにしていた。本当のことを話せば、気が狂った人と思われるのは確実なので。実際、これから先わたしが発狂する可能性がないとは言いきれない。あるいは、たとえば胃潰瘍で大量吐血し登校不能になるのが先だろうか。
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