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でもその代償は安くはない。
勉強がきついのはその1つにすぎない。それは彼の後追いで受験を決めた段階から覚悟していたこと。5時間目、わたしはスイッチを入れたICレコーダーを机に忍ばせる。その上で居眠りをするわけではない。まさか板書を撮影するわけにはいかないし、隣の奥沢さんにノートを見せてもらうのも憚れる。だからできる限り意識を保つ努力は怠らない。それでも金曜は7時間授業で、午後は3時間ある。あくまで苦肉の策ということだ。
16時半。7時間目の終業チャイムが鳴ると、幸い延長することなく授業は終わった。帰りのHRは6時間目の終了後に済ませてあるので、これでめでたく下校となる。教科書をカバンに収めると、わたしは小さく息をつく。あすは第4土曜なので休み。よって、これで1週間が終わる。長かった。そしてくたびれた。わたしは彼に会えない淋しさを思う一方で、通学から解放される休日を待ちわびる気持ちも当然強かった。
さて、あとは復路1回分を残すだけだ。が、そのとき──
「ユ~カちゃん」
語尾にハートマークが付いたような甘い調子の声がすると同時に、2本の手が背後から肩越しに絡んでくる。ビクッとしたわたしの反応を心底楽しんでいる様子で奥沢さんが耳元で囁いた。「きょうこそ付き合ってくれんでしょーね」
「きょうは……」
「きょうは?」彼女は執拗に腕を絡ませ抱きつくような姿勢になる。「なぁに? ハナキンじゃん」
「ハナキン?」
「花の金曜日。親が若かった頃の流行語」
「悪いんだけど……」わたしは彼女の腕をほどき振り返る。
が、そこにいたのは奥沢さんだけではなかった。これまでほとんど口を利いたことのない女子が3人、なぜかキラキラとしたまなざしをわたしに向けている。
彼女らにどういう意図があるのかはわからない。ただ、奥沢さんと同様、わたしを逃さないという意志だけはビシビシ伝わってくる。このところ奥沢さんに何度となく誘いをかけられてきたわけだが、その背後には何人もの同志がいたということか。
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