§0 獅子の子

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次の瞬間、唐突に扉の隙間から紫文様の入った巨大な灰色の手が伸びてきて、サファイアの小さな身体を掴むと一瞬で扉の中へ連れ去ってしまう。 「…!? どういうつもりだ!!」 ライニアが振り向いた時には、扉は何事も無かった様に閉ざされている。ライニアは何度も扉に体当たりをしたが、巨大な扉は壁の様に動かなかった。ようやく扉が開いたのは、その三日後の事だった。それまでは何をしても開かなかった扉がするりと開くと、体中ボロボロになった幼子が台座の上に投げ出される。 「サファイア!!」 ライニアは声を上げて我が子に走り寄った。サファイアは息こそしているものの、意識を失ったまま起き上がることは無い。その小さな身体には、何か細い物がいくつも突き刺さった痕が無数に存在していた。それは外側からだけではなく、内側からも柔肌を引き裂いている。扉の中で、何かがあったのは明らかだった。血相を変えてやってきた自分の妻にサファイアを託して、ライニアは他の兄弟を呼び寄せる。 「儀式は延期だ。全員が揃わねばどうにもならない」 不満の声が漏れる中、試練の儀式を中断したライニアは、その日から扉の前に鎮座し怒りに震えている。 (扉の番人は私だ。子供には手を出さない約束だったはずだ。何を考えている!!!) 扉の中に潜む何者かは、何も答えない。サファイアはあの日から昏々と眠り続け、時折うなされている。扉の中で何があったのか、聞き出す事は不可能だった。 時期も迫り、ライニアは仕方なく儀式を再開することにした。様々な時空間を繋げる「タイムワールド」の術を用いて旅立ちの扉を開く。キィン…と金属が弾け合う音がして、青い閃光と共に周囲のものを容赦なく吸い込む巨大なゲートが広間の半分を覆い尽くすように出現する。 「うおぉぉおおおお!!」 その時、広間全体を劈くような雄叫びが響き渡った。その場に居る全員が声の主を一斉に見る。少し離れた所にサファイアが立っていた。今まで眠っていたサファイアが意識を取り戻したのだ。しかし彼は何故か錯乱しており、真っ先に目に付いた他の兄弟に見境無く掴み掛かろうとする。 だがサファイアの腕が何かを掴むより早く、彼の正面に立ちはだかった影がある。次男のオパールだ。オパールは、様々な色を反射する白銀の髪に末の子サファイアと変わらぬ背丈である。
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