あゝ上野駅(2)

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『贅沢は敵だ』  と筆書きされた和紙が、茶の間に隣接する和室の神棚から垂れ下がっている。わたしが東京の高校に通うことになって以降、これが須藤家の家訓となった。  そしてこの神棚を拝むのが平日の朝のわたしの日課だった。二礼二拍手一礼。先日は禁を破ってすみませんでした。「禁を破って」とは、もちろん帰りに新幹線を使ったことだ。  続いてわたしはおばあちゃんの仏壇に手を合わせるのだが、こちらに新たな貼り紙が加わっていることに気づいた。 『欲しがりません勝つまでは』  その貼り紙をビッと剥がした。古い価値観(古すぎっ! ってか意味わからん)に対する思春期なりの反発心からではない。その紙がよりによって遺影の上に貼られていたからだ。いくらなんでもおばあちゃんに失礼でしょーが。思えば、そこに高峰秀子のプロマイドが飾られていたこともある。まったくとんでもない人だと、同じ部屋の片隅でこちらの気配に気づきもせず寝息を立てているおじいちゃんを見る。ときおりその寝顔にしまりのない笑みが浮かぶのは、おおかた若い女体と戯れる夢でも見ているからだろう。  部屋を出ようとして、うっかり床に放置されている薄く大きいサイズの冊子を踏みつけそうになる。AKB48の写真集だ。お目付役が他界し、さらに彼が長年敬愛した昭和の名女優も亡きいま、こういった手合いのモノが増えて困る。  さて、そろそろ行かなくちゃ……。準備の仕上げに洗面所の鏡の前に立つ。肩の先まで伸びた髪を左右側頭で結い付けるためだ。ペアで用いる愛用のシュシュは、中でも赤地に白いドットの入った柄がお気に入りで、地味めなわたしにとって唯一のオシャレアイテムといっていい。あとはリップクリームと日焼け止めを塗るだけで、メイクはしない。
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