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もっとも、本人はまったく気にしてないが。むしろ『ダークサイドへ堕ちる刻限が迫っているって超絶やべえ』なんて興奮していた。うん、楽しそうでなにより。
「突然不安になったり怒りたくなったり、情緒不安定な感じはしない?」
「いつも通りっす。むしろファンタジー世界に来たってことに興奮してる」
「ああ、勇者と同じ世界から来たんだっけ? 召喚に巻き込まれた上にこんなことになるなんて災難だね」
「イドが流行ったから勇者召喚に至ったんすよね。つまり俺は今、物語を体感してるってことじゃないデスか」
「ポジティブって言っていいのか悩むなあ。頭の中で誰かの声が聞こえたりとかしない?」
「そんな覚醒フラグっぽいことには残念ながら」
「よくわかんないけどなってないってことだよね」
エルミリオさんわけわからない説明ばっかでごめんなさい。こいつ厨二病なんです。葵のアホみたいな返答にこっちが恥ずかしくなってくる。
気にした様子もなくカルテになにか綴ってるあたり、慣れているのだろうか。ついでに、と胸に聴診器を当てる。ついででいいのかよ。
「最後に、右腕ね」
「ういっす」
右腕を肩から手首まで覆っていた包帯が外される。怪我はすっかり治り、一見何も問題はないようにしか見えない。けれど。
「出してみて」
エルミリオの指示に、葵の腕に魔力が込められる。すると黒い文字のようなものがびっしりと浮かび上がった。
「毎度思うけど、右腕だけ耳無芳一みてぇ」
「魔王から姿隠してくれるのか? そりゃあいい」
そうだったらよかったが、魔王がかけたものなのだからそれはあり得ないと鼻で笑う。そんな俺たちのやりとりなど気にも留めず、エルミリオはマイペースに文字を調べていた。
「うーん、こっちの分野は詳しくないからよくわからないや。これのせいで体調不良になったりは?」
「全然元気。つーか一気に3つとも来たんで、もし不調になってもどれのせいかわかりません」
「それもそうだね」
もういいよ、との言葉と同時に文字が消え、元通りただの腕に戻った。
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