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廊下に出て扉を閉める瞬間、スープもつけて、との声が追ってきた。適当に返事をして廊下を歩く。
(ぷはあ~)
まるで今まで息を止めていたかのようなイニティの声が聞こえた。剣が息をするかどうかは疑問だが。
(マスタぁ、あいつに近付くのはやめましょうよぅ)
「……なんでだよ」
甘ったるい声に苛立ちが募る。しかも言うのは葵と会うのを止めさせようとすること。嫌いな声でそんなことを言われて、気分が下がるのは当然だ。
(魔王のにおいがぷんぷんしますぅ、臭いですぅ。危ないですよぅ)
「そりゃ魔王の呪いのせいだろ。葵は葵だ、魔王じゃない。葵が俺を危険に晒すことなんてねえよ」
(もしかしたら魔王がアオイに化けているのかもしれないじゃないですかぁ)
「俺が間違えるかよ。あの厨二具合は真似しようとして真似できるもんじゃねえだろ。第一、魔王が耳無芳一なんざ知ってるか?」
(でもぉ――)
「あのなあ」
尚も言い募ろうとするイニティへ、不機嫌を隠しもせず息を吐き出した。
「つい数日前に会ったばかりのお前と、数年来の親友、どっちの言葉の方が重みがあると思ってんだ」
聖剣だかなんだか知らないが、俺の親友を貶すのもいい加減にしろ。ただでさえ苛ついているのに更に地雷を踏むな。俺の怒りを感じ取ったのか、イニティは黙り込んだ。
……葵が魔王である可能性も、少しは考えた。巻き込まれ脇役が魔王になるのもテンプレとしてあるんだ。腹の底で俺のことを恨んでいるかもしれない。俺の首を虎視眈々と狙っているかもしれない。
けど、俺は葵のことを疑いたくないんだ。葵が俺を騙そうとしているとは思いたくないし、俺を殺そうとしているなんて考えたくもない。
もし葵が魔王だったとしても、その時は。
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