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◇◇ 1 ◇◇
じっとりとした暑さに汗が滲む。蝉の鳴き声に気が滅入りそうだ。
「悠斗くん、一緒に帰ろう?」
放課後の誰もいない教室にて。
明日から夏休みだと浮き足立っていたところに、先生から手伝いを押し付けられた。それを速攻で終わらせ、やっと帰ろうと支度を終えた瞬間。
学年一の美女と名高い少女が、俺の腕を掴んだ。
少し首を傾げ、上目遣い。自分が一番可愛いポーズ。擦り寄るさまは猫のようで。暑いのを理由に第二ボタンまで開かれた胸元からは、谷間が覗き見える。
普通の男ならば一瞬にして堕ちるだろう。けれど。
「悪い、今日はこれから葵と出かける予定なんだ。ごめんな」
「えっ」
まさか断られるとはまったく思っていなかったと言わんばかりの驚きように、内心失笑を零す。
自分でいうのもなんだが、俺は容姿に恵まれている。面食いの女の子なら落とせる自信はあるし、実際にこれまで結構付き合ってきた。だから彼女のような仕草など、正直なところ見飽きている。
「そんな予定なんてどうでもいいじゃん。あんな根暗っぽいオタクなんかほっといて、私と遊びに行こうよぅ」
ぷう、と頬を膨らませて、可愛く不満を表す。
実際不満なのだろう。自分の思い通りにならない男がこの世にいるなどあり得ない、とでも思っていそうだ。
だが――残念ながら、お前、俺の地雷踏んでる。
「俺の親友を馬鹿にすんなら、女の子相手でもさすがに怒るぞ」
微笑を浮かべながら、絶対零度の視線を浴びせてやる。
イケメンのキレた顔って迫力あるよね、とは姉の言だったか。青ざめた彼女の顔を見て、少しばかり溜飲を下げる。
「そ、そっかあ、そうだよね、友達をバカにはされたくないよね、ゴメンね、突然誘っちゃって、また今度ね!」
脱兎のごとく逃げ出していった彼女の背に手を降る。すれ違いざま、入れ替わりで入ってきた葵を睨んでいくのを忘れずに。
八つ当たりか。ああ、なんて醜い。外見があれでもこれじゃあな、なんて、他人ごとのように思う。
気持ちが悪い。また今度? 冗談じゃない。
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