1.幼なじみのいる日常

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   サユ。それが俺の初恋の人の名前だ。本名は知らない。サユというのが名字から来ているのか名前から来ているのかもわからない。  俺が3歳の時に公園で一緒に遊んでいた子だ。ある日を境にぱったりと来なくなった。たぶんどこかに引っ越してしまったんだろう。  顔はもう覚えていない。明るくてよく笑う子だった、という印象だけが頭に残っているだけで、唯一覚えているのは俺の事を三葉のようにカズと呼んでいた事だけだ。  だから、たぶんサユがこの学校にいたとしてもわからないだろう。もう10年以上前の話だ、きっと向こうも俺の事なんて覚えちゃいない。 「っと、もうこんな時間か。そろそろ片付けないと」  時計を見ると最終下校時刻の10分前になっていた。最後に軽くゲーム練習をするつもりだったのに。少し話し過ぎた。 「冬魅、先に着替えて待っててくれ」 「んん」  冬魅が頷いて体育館から出ていった。冬魅は名目上男子バスケ部のマネージャーだが、仕事はまるでやっていない。と言うのも一応理由があって、長い事マネージャーのいなかった男バス部員達がその仕事を全部やってしまうからだ。つまり冬魅は基本的にいるだけ。まぁ冬魅がいる事によって他の女子生徒達が遊びに来て、結果的に部員の士気が上がっているので役には立っている。 「待っててくれ、か。まるで恋人だな」  モップを持った響華が軽く笑いながらそう言ってきた。 「そうか?」 「他の女子にはそんな事言わないだろう?」 「それはそうだけど……」  そう言われれば確かにそうだ。当たり前のように毎日一緒に登下校してるけど、そんな事をするのは冬魅だけだ。とは言っても幼なじみ的な関係の人が冬魅しかいないからそれも仕方ない。そういう事にしておく。 「一ノ瀬と冬魅はもし付き合っていたとしても、結局今と変わっていないだろうね」 「お互い色々気を遣ってんだぞ。前みたいに俺の家に泊まったりしないし」 「言っておくけど、それが普通だよ」  それもそうだ。冬魅が恵介の家に泊まったらそれはもう何かの事件だ。 「ま、私は良いと思うよ。少なくとも、君にそういう人ができるまでは。でも、そのツケはしっかりと払うんだよ。払うべき時に、ね」  軽く言われたその言葉は、俺の心にずっしりと響いてきた。 「はいはい」  だから俺はわざとらしくそんな軽い返事をして、さっさと片付けを終わらせた。  
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