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「え~っと……」
冬魅が何かを待つように俺を見続けてくる。
「……言うほどみっともなくは無いな」
精一杯の感想を言ってみた。他にも同じ格好の生徒は沢山いるので冬魅がその格好をした所で別におかしいとは思わない。似合ってると言うと失礼な気がするから言わないけど。
「……うん」
欲しかった答えと違ったのか、冬魅は少し残念そうにそう言って頷き、歩き始めた。
「どうしたんだ?」
「どうもしてない」
素気ない返事が聞こえてくる。
「いや、何かいつもの冬魅じゃないぞ?」
冬魅は俺の……というか俺に限らず、周りの意見なんて微塵も気にしない奴のはずだ。
「…………一ノ瀬は」
少しの間を開けて、冬魅が俺の方を振り返って口を開いた。
「何だ?」
「一ノ瀬は、好きな人がいない」
肯定されてしまった。実際その通りなんだけど。
「だから、がんばるの」
そう言うと、冬魅は俺から目を逸らすように前を向き、さっきよりも少し速いペースで歩き始めた。
「は?」
「……良い?」
一瞬だけ、冬魅の顔が赤く見えた。それを確認しないように、俺はわざと冬魅の真後ろを歩く。
「あ~……それはまぁ、良いけど」
「うん」
俺がそんな返事をすると、冬魅は前を向いたまま頷いた。
俺は冬魅の真後ろを歩き続け、やがて冬魅が俺の家を通り過ぎる。
「また、あした」
「……あぁ。明日な」
そう返すと、冬魅は小走りで自分の家へと向かっていった。俺は冬魅が見えなくなるまで、何となくその背中を目で追っていた。
「んん……どうしたものか」
そんな事を呟いて、俺は家の中に入った。考えてみたら当たり前の事かもしれない。例えば俺が誰かを好きになって、その人に好きな人がいないとわかったら。俺はたぶんその人に好かれるように頑張るだろう。いや、きっと誰だってそうだ。
そう考えてさっきの冬魅の行動を思い出してみると、少し胸が痛くなった。それが俗に言うトキメキとかいうやつなのか、ただの罪悪感のようなものなのかは、わからない。わからないという事にしておきたかった。
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