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「ただいま」
「おかえりー。大丈夫だった? 雨降ってるけど…」
玄関に行くと、そこにはびしょ濡れの彼がいた。
「ちょっと、びしょびしょじゃない。傘忘れてったの?」
「忘れたというか…」
これ、と彼は自分の傘を持ち上げる。
開かなくとも分かった。
「…ああ、チコがやったのね…」
我が家で飼っているゴールデンレトリバーのチコ。雌。
彼女は怖いもの知らずな性格で、基本的に何にでもじゃれつく。危険だと離しても、それの匂いを覚えて探し出す始末。
彼の傘はチコに遊ばれてボロボロだった。
「口に刺さったりしたら危ないって離しておいたのに…しょうがないわね」
「はは…」
彼は困ったように笑う。使い物にならなくなった傘を、靴箱に立て掛けた。新しいの買わなくちゃ、と服を絞った。
タオルを渡す。彼は少々雑に髪を拭いた。
「止まないのかしら」
ざああと聞こえる雨音は弱くなる気配が全くない。天気予報なんて当てにならないものだ。
「止まないのかな」
タオルで半分隠れた表情はうまく読めない。長い睫毛が伏せられていて、水滴が邪魔そうに乗っていた。
「疲れた?」
「何で?」
「水に濡れると疲れるじゃない」
「ああ…」
そうだね、疲れたかも。
あれ、と思った。
「雨ってさ、」
「うん?」
「雨って、なんだか重たい」
「…重たい?」
意味が分からなくて訊ねても、彼はお風呂行ってくるねとはぐらかしてしまった。
でも、彼の声が落胆したような、失望したような、とにかく暗い色を滲ませていたので。
帰ってきても、続きを訊くのはよそうと思った。
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