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雪が溶けて流れる川が、それまで隠されていた顔を見え始める。
畑と車道の間に作られた用水路を兼ねた川は、サラサラと静かな音を立てて流れ、畑の先にある森へと流れて行く。
ここは札幌市の外れにある、殊更に田舎と呼ぶに相応しい地区で、スーパーやコンビニと言った、便利な店舗など殆どなく、あまつさえ本屋やゲームセンターと言った、ちょっとした娯楽性のある店など皆無に等しい。
夏は非常に涼しく、秋は今時は珍しい蜻蛉の群れが何もない畑の広がった一体を、雪崩のごとく飛び交って、子孫を残すべく清い水溜まりに卵を産み、終えるとどこかへと飛び去ってゆく。
そんな自然を味わえる田舎町…、しかし近年は大々的な工事により、古い家は潰された。
住人は市の命令により退去を余儀無くされ、顔見知りは散り散りになり、どこへ行ったのか分からない。
毎日のように重機が入れ替わり立ち替わり入って来ては、畑を掘り返して土が蒸し返され、森は伐採されて切り開かれた。
草原も見る影もなくなり、まるで箱みたいな四角い家が、新たに作られた歩道に沿って、まるでブロックを整列されたように並べられて建てられて行く。
昔の風景は思い出、記憶にだけ残り、その過去の美しさは失われた、全ては人間の都合だ。
より多くの人が住む場所を得る為、家族の為に一軒家を購入すると言う理由、土木建築業の職に就いている人たちが、食い扶持を稼ぐ為に…
かつて住んでいた人々は、別の家に移り済ませられ、離れたが故に親しい者たちは気軽に会えなくなり、それらの幸せを踏みにじった上に、引っ越してきた人間が、大金と引き換えに得た家で新しい人間関係を構築してゆく。
子供が意味不明の叫び声を上げ、奥さん方が集まり談笑して、住宅街となった家々の間を騒がしい意味の無い雑音と化した声が響いていた。
静寂を好む者たちは、この不快極まりない人間の群れを嫌悪し、憎しみすら抱いた。
周りの迷惑を顧みない、良く言えば明るく笑いに満ちた場所に生まれ変わった、悪く言えば自分たちの住処だからと、周囲をはばからず大声で耳触りな雑音を撒き散らし、耳に障る苛立ちが増えた場所ともなった。
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