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「いや、そうじゃなくて!」  彼は重そうなランドセルをその場に下ろして、滑りそうになりながら、わたしに走り寄ってきた。 「いきなり死んでたとか力が無くなったとか言われても、意味わかんねーよ!」  彼は涙を浮かべてわたしの肩に手を伸ばしたけど、それはわたしには触れる事無く、落ちる。  それでもわたしが笑っていると、彼は悔しそうに下唇を噛み締めた後、わたしの眼を見て勢い良く話し出した。 「俺、やっとお前の事が大好きなの分かったんだぜ? なのに名前も聞けないままお別れとかなんなんだよ! な、幽霊でも良いから、もうちょっと、一緒に、いてくれよ! お願い……だから……!」  彼の涙はわたしのそれよりも暖かいらしく、雪を溶かして、黒と白の斑点模様を作り出す。  いつも輝いていた彼の茶色い瞳が、涙の所為で更に輝いて見えて、まるで琥珀のよう、なんて。  こんな時に考える事じゃないかもしれないけど。  思ってしまったんだから仕方が無いよね。  そんな風に、誰にともなく頭の中で言い訳をして。  出来る限り、優しく、明るく、笑わなきゃ。  ……最後、なんだもの。 「大丈夫。クルミもいるし、わたしも上で見ているから」  いつもと違って彼に触れる事は出来ないけれど、悲しくはない。  それは、彼が生きているなによりの証拠だから。  ……いや、そう言えば元々、彼に触れた事は少なかったような気もするな。  ……もっと、触れておけば良かったかな。 「しばらくは、会いに来ちゃ駄目よ? ほら、笑って」  最後が泣き顔なんて、嫌だから。  視界だけじゃなく、意識までぼやけて来た頃、ホワホワと浮いたような不安定な思考回路で、1つ……いや2つ、伝え忘れた事が有ったのを思い出した。  聞き逃さないよう、耳元で。  最後に、伝えたいの。 「わたしの名前は斎藤 空(さいとう そら)! わたしもあなたが、大好きよ」  彼はポカンと、口を開けていた。  けれど、言葉の意味を理解すると、1度、小さく斎藤 空と口にして、そして慌てて 「俺は幸村 大地(ゆきむら だいち)! 絶対に空の事、忘れないからな!」と叫んだ。  大丈夫、わたしも絶対。  忘れない……。 「みゃあ」  わたしがそこにいた、記憶以外の全ての証拠を攫って。  わたしの意識は、真っ白な空に吸い込まれて、消えた。
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