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 もう1度彼に目を向けた時には、その視線は元通りクルミを向いていたけど、なんとなく胸の辺りが暖かくなった。  それから2人共、無言でクルミを撫でた。  クルミだけが、小さく愛らしい鳴き声と、大きな欠伸を漏らす。  その微笑ましい様子に、なんとなく小さく首を傾けると、耳に掛けていたわたしの髪がハラリと地に付いてしまって、慌てて耳に掛け直す。  チラリと彼の方を盗み見ると、彼はクルミの頭をわしゃわしゃと撫でながら屈託の無い笑顔を浮かべていた。  その笑顔が、微笑ましくて、ほんの少し羨ましくて、つい意地悪をしてみてしまう。 「……ねぇ」 「ん?」 「そのお花、いつも置いてあるでしょう?」 「……ああ」 「それって昔、交通事故で死んだ子の為の物らしいんだけどね。今もこの辺に、その霊が彷徨ってるって噂が有るのよ」 「……えっ、マジ!?」  わたしが少し離れた場所に置かれた、白いコスモスとピンクのスイートピーで作られた、小さな可愛らしい花束を指しながら言うと、彼は急いでその花束から離れる。  その様子が、まるで天敵に見つかった小動物のようで、思わず吹き出してしまう。  一応、口元は押さえていたから、彼にはバレなかったようだけど、わたしは小さくため息を吐く。  どうやら、怪談は苦手らしい。 「あっ! もうこんな時間じゃん。俺、帰るな」  幽霊の話から10分程経った頃か。  彼はボーンという低い音に、向かい側に建つ時計店のショーウィンドウに飾られた、アンティーク物の小さめな柱時計を見ると、慌てて立ち上がり、わたし達に軽く手を振ってから、走り出した。  くすんだ茶色いランドセルが、少しずつ、少しずつ小さくなる。 「ばいばい……」  彼はいつも、必ず4時に帰る。  1度も振り返らず。  いつからだったか。  彼を待つようになったのは。  彼が学校帰りにここを通ってから、彼が帰る4時までの間が、わたしにとってのシンデレラタイム。 「にゃあ」  クルミが小さく鳴き、わたしもクルミの頭を小さく撫でた。 「明日も、来てくれるかな?」  クルミはまるで「さあね」とでもいう風に首を傾げ、わたしの表情は自然と綻ぶ。  きっと、明日も来てくれる。  わたしは、眼を閉じても網膜を刺激する光に苦笑して、小さく呟く。 「明日も、晴れ……かな」  わたしの声は、青い空に吸い込まれて、消えた。
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