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目にはうっすらと涙すら浮かんでいてる。
「お前、顔、顔!」
わたしを指差してゲラゲラと笑う彼に、結構ムッと来たわたしは、頬を軽く抓ってあげた。
「いって!」
彼は抓られた所為で赤く染まった頬を、左手で軽くさする。
「女の子にそういう事を言っちゃ駄目よ。分かった?」
「うぅ」
首を傾げて問うと、彼は不満そうな顔でわたしを見る。
なので、同じような顔で見詰め返してみる。
するとまたもや彼が吹き出したので、とりあえずデコピンをプレゼントする。
「あうっ」
「睨めっこじゃないの」
ちょっと声を低くして、怒った事をアピールすれば、彼はアタフタと
「えっと……えっと……」と繰り返す。
その様子に、今度はわたしが吹き出す番で、彼は
「あー!」と言って、プイとそっぽを向いてしまった。
「にゃにゃん!」
するとクルミは、まるで自分を忘れるなとでもいうように、わたしと彼の腕をバシバシ叩いた。
バシバシという音に反して、細められた眼は笑っているように見える。
「……つか、なんでクルミの名前、クルミにしたんだ? 俺がクルミを見つけた時って、もうお前がクルミって呼んでたよな?」
「うん。確か、一昨年の春だったよね。初めて会ったの」
彼は大きく頷いて、口角を上げるだけの、本当に小さな笑みを浮かべる。
目を瞑れば、今でも思い出すよ。
桜の花びらが舞う中で、わたしがいつも通りにクルミを撫でてると、彼が隣に来て、同じようにクルミを撫でたんだ。
「クルミの名前の由来か……。茶色いから……だっけ?」
随分と前だから、記憶は曖昧だけど。
「わ、単純だな」
「ぶぅ……。じゃあ貴方なら、なんて名前を付けたの?」
「うぇ? えっと……チョコとか!」
「……似たようなモノじゃないの」
彼は口を尖らせながらわたしを軽く睨むけど、全然怖くない。
「じゃ、俺はもう帰るか」
数分後、そう言って立ち上がる彼を、わたしもクルミも名残惜しく見つめる。
それを見てか、彼は
「明日も来るからな」と笑った。
自転車が有るのに、押しながらゆっくりと歩いてく彼の背中を、寂しげに見送るわたしとクルミ。
きっと、明日も来てくれる。
わたしは眼を閉じ、秋の澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んで、小さく呟く。
「明日は、雨……かな」
わたしの声は、シルバーグレーの空に吸い込まれて、消えた。
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