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まるでお母様のように優しげで、暖かな表情。
クルミを中心としたこの穏やかな集まりは、いつまで続ける事が出きるのか。
「あ、そうだ。俺、今日は用事が有るから、もう帰るな」
「えっ?」
よいしょと言いながら立ち上がった彼の眼を、驚いて凝視する。
今日は先程来たばかりで、まだほとんど話していない。
いつもは学校の事や、最近では家族の事も、色々と話してくれていたのに。
チラリと時計店のショーウィンドウを見ても、時計達はまだ3時30分を指している。
まだ、4時にはなっていない。
わたしが首を傾げながら見上げると、彼はゴメンと言う風に両手を合わせる。
「家族で買い物に行く約束してるんだ。うち、親が共働きだから次はいつ休みが合うか分からなくてさ。弟達も楽しみにしてるし……。また明日な」
「……そっか」
本当に嬉しそうな笑顔に、わたしの頬も思わず緩んだ。
……少し寂しいけど、仕方が無いよね。
家族の事だもの。
「こら! 滑りやすいんだから、ちゃんと前を向いて!」
「お前は母さんかっつーの!」
こちらを向いて手を振ったまま去っていく彼は、わたしの言葉にケタケタと笑って返す。
途中、本当に滑りそうになった時は、わたしの方が怖くなってしまった。
本人は、ケロッとした態度だったけど。
クルミも呆れたように一鳴きして、わたしの腕の中から抜け出してしまう。
明日会ったら、たっぷりお説教してあげなくちゃ。
「あっ!」
彼が大分わたしから離れて、この道と細い道の交わる十字路まで行った時。
横の道から
彼に向かって
赤い鉄の塊が
猛スピードで
突っ込んできた。
「危ない!」
今から走っても、本来なら絶対に間に合う事は無いけれど。
わたしの体は勝手に立ち上がり、突然の事で身体が固まってしまっている彼の元へ、自然と動き出す。
速く、速くと頭が急かすのに、景色が遅くなって、自分の動きが驚く程に鈍い。
視界が、雪とは違う、眩しい白さで染まる。
でも、すぐに記憶の中の生々しい赤が、それを塗り替える。
体が震える。
寒さとは違う。
雪の所為じゃない。
「いやぁーーーーーー!」
止まって……!
「にゃあ」
ひどくスローモーションな世界の中、小さなクルミの鳴き声だけが、頭の中に鮮明に響き渡った。
伸ばした手は、当然だけど空振り。
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