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アパートへ帰る前に、久しぶりにスーパーへ寄った。
夕飯用の食材を買うためだ。メニューは何にしようかと悩んでいると、お前はとにかく肉を食え、と彼女に言われたので安くなっていた鶏肉を買っていくことにした
から揚げは面倒なので、野菜と一緒に適当に炒めようかなどと考えていると。
「サワダ、ミカン買ってくれ」
いつものように、彼女がねだってくる。
しかも澤田が返事をする前に、肩の上から飛び降りてミカンの袋を勝手に持ってこようとしたので慌てて引き止めた。
澤田以外の人の目には映っていないということはどういうことなのか、ということを、彼女はやはりきちんと理解していないらしい。
スーパーを出ると、日はすでに沈んでいた。
夕焼け色は、西の空にほんのりと残っているだけだ。辺りは薄暗くなり、街灯が道路を照らしている。
吹きつけてくる風も、さらに冷たくなった。
やはりマフラーが必要だ。そろそろ覚悟を決めて、押入れの奥にあるダンボール箱を引っ張り出さなければ。
「圭介」
呼ばれ慣れない呼び名に、どきっとして澤田が振り返った。
するといつの間にやら少女姿に化けていた彼女が、街灯の下で立ち止まっている。
まるで、スポットライトを浴びているかのようだ。季節外れの黒いノースリーブのワンピースは寒々しいが、やはり、人間に化けた彼女は人並み外れて美しい姿をしている。
しかし、その足元に影はない。
「お前な、こういういつ人が通るかわからないところで化けるなって」
「まあそう硬いことを言うな」
注意しても、まるで気にしていない。
それどころか、どこか機嫌のいい様子で彼女が差し出してきたのは、白く指の長い綺麗な手。
これは、手をつなげということだろうか。
やっぱり照れくさいな、と思いながらも、澤田は彼女の手をとって歩き出した。
ふふ、と、彼女が笑う。
「やはりおまえの手は温かいな」
「だから、お前の手が冷たすぎるだけだって」
「まあな、死んでいるからな」
何でもないことのように、彼女が言う。
たしかに何でもないことなのかもしれないと、澤田も思う。
彼女と過ごす毎日があれば、それだけで十分なのだと。
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