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彼女がいると、雑誌を立ち読みしている人の肩の上に乗っては、一緒に立ち読みをしている。そうかと思えば店内をうろついたりレンジの上で眠ったりと、退屈している暇がなかった。
だけど振り向いてみても、やはり、レンジの上に彼女はいない。
勤務時間が終わり、帰宅。
アルバイトからアパートまでのいつもの道は、街灯に照らされて静かだった。冬の気配を色濃くした風が吹きつけてきて、服の下まで冷たく染み込んでくる。
はあ、と吐き出した息はまだ白くはならない。だが確実に時間は過ぎて、季節は少しずつ移り変わっている。
ふと。
目の前の暗い交差点を、ちょろ、と何かが通りかかった。それを目にした途端、澤田は駆け出していた。
影が走っていたほうへ、走って走って、やっと塀の上に見つけた影の正体は、野良猫だった。
毛並みは彼女とは似ても似つかない、茶色。黒っぽく見えたのは、辺りが暗かったせいだ。
そろそろ、忘れなければ。
いや、きっとすぐには忘れられないけれど、せめて忘れる努力をしなければ。
人も車もあまり通らない夜の住宅街を、澤田は再び歩き出した。しかしアパートが見えてきたところで、その足は止まってしまう。
階段に座り込んでいるその少女を、たとえ顔は伏せていても、今度こそ間違えるはずはなかった。
「……フミキリ?」
はっとしたように顔を上げた彼女は、泣いていた。
彼女の涙を見たのは、これが初めてだ。
「えっ、お、お前、どうし……」
彼女は立ち上がるなり、そのまま澤田に抱きついてきた。そのあまりの勢いに、澤田は思わずよろけてしまう。
なんで黙っていなくなったんだ、とか。
一週間もどこに行っていたんだとか、何をしていたんだとか、聞きたいことはたくさんあったはずなのになにも出てこない。
すると、澤田にしっかりとしがみついて動かなかった彼女が、ぽつりとこんなことを言ってくる。
「……なんだ、この貧弱な体は」
「は、はあ?」
澤田はつい、聞き返してしまった。
一週間も黙っていなくなっていたというのに、他に何か言うべきことがあるのではないだろうか。腰に腕を回して抱きついていたのは胴回りを測るため、では感動もなにもあったものではない。
ほっとした。反面がっくりとして、澤田ははぁーっと長く息を吐いた。
「お前、やっと帰ってきたと思ったらそれかよ」
「それかよではないっ!」
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