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追いかけて追いかけて、やっとの思いで前に回りこみ見上げたその男性の顔は、全くの別人だった。その人は彼女の姿にもまるで気づかない様子で、淡々と通り過ぎていく。
そうか。この姿は、誰の目にも映っていないのか。
降りしきる雨の中で、彼女はその場に立ちつくした。
藤士郎が、いない。それならなぜ自分はここにいるのだろう。なんのために、ここに呼び戻されたのだろう。
とぼとぼと、彼女は歩き出した。
そうしているうちに雨は止み、雲は消えて夜空には星が輝きだしていた。だが彼女はもう、ここにいるのが辛かった。どうしたら消えることができるのか。なぜここにいるのかもわからない彼女に、わかるはずもない。
カンカンカン、と。
音が聞こえてきた。踏切の音だ。
そこではじめて、彼女は自分が線路の真ん中に立っていることに気づいた。遮断機が下がってくる。だが彼女には関係のないことだった。すでに死んでいるのだから、今さら電車にひかれたところで――……。
突然、彼女の体がふわりと浮いた。持ち上げたのは、若い腕。目の前に見えたのは、迫る電車の光に照らし出された黒いティーシャツ。
彼女を抱えたその人が線路を抜けたその三秒ほどあとに、電車はものすごいスピードで駆け抜けていった。
そして、とんと、彼女の体が道路にそっと下ろされた。
見上げたそこに立っていたのは、制服姿の若い男。
傘を差さずに歩いていたのだろうか。雨はやんでいるというのに、制服も髪も濡れていた。コンビニ袋を片手にぶら下げて、彼は目の前にしゃがみ込んでくる。
「お前、ぼさっと歩いてるとミンチになるぞ」
なでられた頭が、温かかった。
そうして彼は立ちあがると、背を向けて去っていってしまう。街灯の少ない暗い道を、一人で。
いや、一人なのは自分だ。
気づくと彼女は、彼のあとを追いかけていた。なぜ彼にだけ姿が見えていたのかはわからないが、そんなことはどうでもいい。
お願いだから、行かないでくれ。
「わたしはミンチになどならんぞっ!」
叫んだ声に驚いて振り返ってきた彼は、そこでさらに驚いた顔をした。
だがそれも当然のことだった。だって振り向いたその先に、先ほどまではいなかったはずの少女が立っていたのだから。
「はっ、えっ?」
状況のわからない彼は、戸惑っていた。
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