第1話

7/10

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
 追いかけて追いかけて、やっとの思いで前に回りこみ見上げたその男性の顔は、全くの別人だった。その人は彼女の姿にもまるで気づかない様子で、淡々と通り過ぎていく。  そうか。この姿は、誰の目にも映っていないのか。  降りしきる雨の中で、彼女はその場に立ちつくした。  藤士郎が、いない。それならなぜ自分はここにいるのだろう。なんのために、ここに呼び戻されたのだろう。  とぼとぼと、彼女は歩き出した。  そうしているうちに雨は止み、雲は消えて夜空には星が輝きだしていた。だが彼女はもう、ここにいるのが辛かった。どうしたら消えることができるのか。なぜここにいるのかもわからない彼女に、わかるはずもない。  カンカンカン、と。  音が聞こえてきた。踏切の音だ。  そこではじめて、彼女は自分が線路の真ん中に立っていることに気づいた。遮断機が下がってくる。だが彼女には関係のないことだった。すでに死んでいるのだから、今さら電車にひかれたところで――……。  突然、彼女の体がふわりと浮いた。持ち上げたのは、若い腕。目の前に見えたのは、迫る電車の光に照らし出された黒いティーシャツ。  彼女を抱えたその人が線路を抜けたその三秒ほどあとに、電車はものすごいスピードで駆け抜けていった。  そして、とんと、彼女の体が道路にそっと下ろされた。  見上げたそこに立っていたのは、制服姿の若い男。  傘を差さずに歩いていたのだろうか。雨はやんでいるというのに、制服も髪も濡れていた。コンビニ袋を片手にぶら下げて、彼は目の前にしゃがみ込んでくる。 「お前、ぼさっと歩いてるとミンチになるぞ」  なでられた頭が、温かかった。  そうして彼は立ちあがると、背を向けて去っていってしまう。街灯の少ない暗い道を、一人で。  いや、一人なのは自分だ。  気づくと彼女は、彼のあとを追いかけていた。なぜ彼にだけ姿が見えていたのかはわからないが、そんなことはどうでもいい。  お願いだから、行かないでくれ。 「わたしはミンチになどならんぞっ!」  叫んだ声に驚いて振り返ってきた彼は、そこでさらに驚いた顔をした。  だがそれも当然のことだった。だって振り向いたその先に、先ほどまではいなかったはずの少女が立っていたのだから。 「はっ、えっ?」  状況のわからない彼は、戸惑っていた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加