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一方で彼女も、戸惑っていないわけではなかった。なぜ彼にだけ見えているのか、声が聞こえているのか。人間の姿になどなれたのかまるでわからない。
だけど、そうか。もしかしたら。
わたしは彼に会うために、ここに戻ってきたのかもしれない。
「救われたのも何かの縁だ。おまえのもとで世話にならせてくれ」
むん、と腰に手を当てて、彼女が言う。
「え、ていうか、なに……」
彼は混乱しているようだった。助けたはずの黒い猫が、突然女の子に変身して言葉をしゃべりだしたとなれば、混乱しないはずがない。
訳がわからないままに、彼が問いかけてきた。
「な、なにものなんだよ、お前」
なにもの。
そうたずねられても、困る。彼女自身、自分がなにものなのかよくわかっていなかった。人間ではない。猫だ。だけど生きている猫ではない。死んでいる猫だ。ということは、霊か。だが彼に幸せをもたらすような、良い霊である自信はないから。
彼女は、答えた。
「わたしは悪霊だ」
3
相変わらず、昼食は佐藤とともに屋上で食べるのが日課となっている。
お互い一人暮らしの二人は、弁当を作るなどという面倒なことはしない。コンビニのおにぎりや、購買のパンだ。
「やっぱお前、ここ最近おかしかったよな」
佐藤がメロンパンの袋を開けながら言ってくる。
「そうかな」
「そうだよ。なんていうか、思い悩んでたっていうか。な、もしかしてさ、好きな子でもできたとか」
「や、そういうのじゃないから」
澤田があっさりと否定すると、佐藤がなんだつまらんとがっかりした顔をする。
すると猫の彼女が左肩の上から余計な口を挟んできた。
「やはり私がおらんとだめだな」
うんうん、と偉そうに頷いているので、澤田はぱぱっと彼女が乗っている左肩を払ってやった。彼女は軽い身のこなしで、とん、とコンクリートの地面に降り立つ。
「なに?」
佐藤が不思議そうにたずねてきたので、澤田はこう答えた。
「うん、ちょっと虫がうるさくて」
「虫? めずらしいね、こんな寒い時期に」
今は、十一月の終わりだ。
本来ならこんな時期の屋上に虫など飛んでいないだろうと思ったが、いた、ということにしておく。
落とされた彼女は失礼な男だと文句を言いながらも、再び肩の上へ駆け上がってきた。
そして、授業後。
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