零ノ謳 人為ラザル女ノ話

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手向け花をご存知でしょうか。神仏や死者の霊などに捧げる花のことですが、わたくしが今から話すのは後者、死人へ手向ける花のことでございます。 手向け花とて咲き遅れし桜を一本〈ヒトモト〉持たせけるに、と浮世草子の好色五人女に此の一節がございますね。ええそうでございます、彼の有名な井原西鶴の作でございます。訳は、ええ、よくご存知ですね。 女の死出の旅へ捧げる花として、咲き遅れた一枝を持たせたところ、、、となりますね。それにしても何も見ずに諳んじられるとは、、、ああ古典がお好きなのですか?お若いのにそれは素晴らしいことでございますよ。おや、話が脱線してしまいましたね、さて何の話だったか、、、。ああそうそう、手向け花のことでしたね、ありがとうございます。どうも歳を取ると物忘れが激しくていけない。 昨今、墓などに供えられるのは菊の花と相場が決まっていますが、先程の浮世草子のように昔は菊以外の花も捧げられていたのですよ。今からわたくしが話す物はそのように昔から語り継がれてきた話になります。そうですねえ、わたくしの祖父の祖父のそのまた祖父の、、、と言った具合にずうっと昔の話でございます。ああそうだ、死人花というのをご存知ですか?ほら、夏の終わり、秋の初め頃、どこからともなく点々と咲いている赤い花がございますでしょう。その花の咲いている先をずっと辿って行くと墓に辿り着くそうでございます。まるで死を引き連れてくるようでございますねえ。ふふふ、気味が悪うございますか?おや、そんなことない?流石でございますね。ああいえ、此方の話でございますのでお気になさらず。ああそれで、その花をですね、羽織の柄に愛用していた女人がおられるそうですよ。しかも黒地の羽織だとか。しかしそれはそれはお美しい方だったと伝え聞いております。黒絹の艶やかな髪を持ち、白磁の滑らかな肌は深雪の如く白く、黒曜石の瞳は雷光のように鋭く、相手を射抜いたとか。その瞳はけぶるような睫毛に囲われ、すっきりと通った鼻筋、熟れた果実のように紅い口唇、嫋やかな肢体は全ての男を虜にしたのでございます。そしてその御方は女人の身でありながら、古今東西全ての知識を持ち合わせとても聡明であられたのです。
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